【584冊目】柳広司「贋作『坊っちゃん』殺人事件」【585冊目】柳広司「トーキョー・プリズン」【586冊目】柳広司「ジョーカー・ゲーム」
- 作者: 柳広司
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「ジョーカー・ゲーム」の評判がずいぶん良さそうだったので、読んでみた。1冊目は著者の初期の作。第12回朝日新人文学賞受賞とのこと。
文字通り、漱石の「坊っちゃん」を下敷きにしたミステリー。「坊っちゃん」が松山を去ってから3年後の設定で、なんと赤シャツの死の真相を山嵐と調べに行くというもの。坊っちゃんの世界を実に丁寧に読み込んだ上、見事に換骨奪胎して全く別の物語を重ね合わせる力量は新人時代とは思えない。また、文体が見事に「漱石」しているのも面白い。
ただ、いくらなんでもあの「坊っちゃん」に探偵役は似合わない。ずっとべらんめえ調で通してきて、ラストの謎ときでいきなり口調が金田一耕助になってしまうのにはびっくり。まあ、エンターテインメントとしては申し分ない出来である。
2冊目は一転して、終戦直後の巣鴨プリズンが舞台。空襲や原爆、旧日本軍の残虐行為などといった重い重いテーマをしっかりと物語の中に織り込みつつ、ニュージーランドの私立探偵フェアフィールドと、記憶喪失に陥っているが人並み外れた洞察力をもつ囚人キジマを中心とした、圧倒的な迫力をもつミステリーとなっている。
途中から戦争というヘビーなテーマにストーリーが呑まれかけている感じもするが、それでもラストまで一気に引っ張る筆力は素晴らしい。だいたい、巣鴨プリズンという閉鎖空間を殺人の舞台とした時点で、ミステリーとしての成功は決まったようなものだったかもしれない。
そして3冊目の「ジョーカー・ゲーム」であるが、こちらは短編集。戦時下の日本、ロンドン、上海を舞台に、日本陸軍内に秘密裡に設けられたスパイ養成機関と、知られざる日本のスパイたちの活躍を描くハイレベルの日本版エスピオナージュ。「坊っちゃん」のようなパロディ風の味わいや「プリズン」のような重厚さには欠けるが、面白さは今回読んだ3冊の中でもダントツであった。
とにかくスパイたちの徹底ぶりが良い。「生きて虜囚の辱めを受けず」とする陸軍において、「死ぬこと・殺すことは最悪の選択肢」と言い切り、捕まっても常に脱走を図ることを叩き込まれる。特にリーダー役の結城中佐が強烈。また、スパイ活動の徹底的なリアリズムには、佐藤優のインテリジェンス論を彷彿とさせるものがある。
この著者、他にも多くの著作があるが、変幻自在な舞台設定、スリリングなストーリーテリング、的確でスピード感のある文章、いずれもきわめてうまい。今後も読み続けたい作家の一人になりそうである。