【498冊目】レイ・ブラッドベリ「10月はたそがれの国」

- 作者: レイ・ブラッドベリ,宇野利泰
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1965/12/24
- メディア: 文庫
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処女作「闇のカーニバル」に5点の短編を加えて構成されたのが本書である。いずれも現実の世界を舞台としながら、そこに異様な存在が紛れ込んでくる。それは、たとえば奇妙な物体が入った壜であったり、得体の知れない下宿人であったりする。特に多いのは、登場人物の誰か一人が異様な観念に取り憑かれ、最後にその恐怖が現実化するというブラッドベリお得意のパターンである。最初は一人の妄想に見えたものが、次第に周囲の現実を歪めだし、最後に突然、その恐怖が現実化する。まるで脳の中の妄想が裏返って現実世界をひっくり返してしまうようなラストは、ブラッドベリならではの味である。さらに、幻想と怪奇の中に潜む強烈なアイロニーも見逃せない。
ブラッドベリはSFの叙情詩人という形容がよくなされる。確かに、その描写は極めて詩的であり、印象的な文章が綺羅星のごとくちりばめられている。しかし、ブラッドベリは、そもそも物語の発想や構成そのものにおいて叙情詩人であるように思われる。特に、「余白」によって物事を語らせるのがこれほど上手い小説家は少ないように思う。恐怖の核心、ラストのどんでんがえしの、ほかの作家ならとことん書き込みたくなる決定的瞬間を、ブラッドベリはあえて語らない。その直前で余韻を残して物語を終わらせ、断ち切ってしまうのである。その効果は絶大である。読者は、書かれなかったがゆえに、そこに恐怖を想像し、自らの想像した恐怖に立ち竦んでしまうのである。
ちなみに、個人的に印象的だったのは、病気の少年と犬を描いたハートウォーミングだがラストは怖い「使者」、赤ちゃんへの恐怖という異様な感情を迫真の筆致で描いた「小さな殺人者」、風に恐怖を感じる男を声だけで描ききった「風」、そして悪意とアイロニーに満ちた「こびと」あたりか。ただ、これは人によってずいぶん意見が分かれそうである。