【1663冊目】宮内悠介『盤上の夜』
- 作者: 宮内悠介
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2012/03/22
- メディア: 単行本
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6つの短編が収められている。共通点は「盤上」(あるいは卓上)であること。表題作「盤上の夜」が囲碁、「人間の王」がチェッカー、「清められた卓」が麻雀、「象を飛ばした王子」がチャトランガ、「千年の虚空」が将棋、そしてラストの「原爆の局」がふたたび囲碁。
こういう「趣向」を思いつくだけでもスゴイが、さらにそれを6つの作品として結実させてしまうところが、力量として並じゃない。しかも本書は著者の処女短編集であるというからびっくり。中でも異様なのは表題作「盤上の夜」。なにしろ主人公の女性、灰原由宇は四肢を失い、そのかわりに囲碁盤をおのれの感覚の延長としているのである。
「星は由宇の中指であり、小目は薬指であった。高目は人差し指であり、三々は小指であった。跳ね継ぎはマイスナー小体であり、尖み付けはパチニ小体であり、桂馬掛けはメルケル触盤であり、千切り飛びはルフィニ終末であり……」(p.12)という異様な列挙の意味が、囲碁に暗い私には半分もわからないが、だからこそかえって、この小説世界の異様さがダイレクトに感じられる。
もともとこの手の「盤上遊戯」自体は、いままでいろんな作品の題材になってきた。中でもマンガに有名な作品が多いのは、ビジュアルに盤面を表現できるからだろうか。有名どころでは、将棋の『月下の棋士』『ハチワンダイバー』、囲碁の『ヒカルの碁』あたりだろうか。麻雀に至っては、麻雀漫画の専門誌が存在するほど。小説にも阿佐田哲也をはじめ練達の士が多い。
ちなみに、盤面遊戯を描いて本書と似た世界観をもつ作品として私が連想したのは、何をおいても小川洋子の『猫を抱いて象と泳ぐ』だった。盤上遊戯に魅せられた者にしか持ちえない独特の世界観を描き、そこから世界全体を逆倒してみせるような作品だった。
本書はさすがに小川洋子とは比べるべくもないが、著者ならではの理知的でSF的なアプローチによって、別の角度からこの世界を描き出しており、ルールを知らなくても読んでいて飽きさせない吸引力がある。「人間の王」や「千年の虚空」では、コンピュータと人間の対戦の問題、さらには「完全解」の可能性までが示唆されており、多くの「プロ」を擁する盤面遊戯がコンピュータに完全に「解かれて」しまう恐怖もリアルに描かれている。
一方、それとは別の領域にあると思えるのが、やはり囲碁だ。そこでは囲碁そのもの、碁盤そのものが宇宙への回路であり、世界への糸口となっている。そういえば大室幹雄は『囲碁の民話学』で、中国において、囲碁はそれそのものが世界であったことを明らかにしていたものだった。著者は、この本をお読みになったことはあるだろうか?