自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2833冊目】川端康成『古都』

 

不思議な小説です。古都・京都の風物を背景に、千重子と苗子という幼い頃生き別れた双子の再会と交流を描いているのですが、読み終わって印象に残るのは、なぜか、背景のはずの京都の祇園祭チンチン電車や北山杉のことばかり。まるで主人公たちが背景で、京都という場所のほうが主役のようなのです。

 

一方、千重子たちの物語のほうは、終わりが見えないままふっつりと終わります。苗子が秀男と結婚するのかどうかもわからず(たぶんしないのでしょう)、千重子と真一、その兄の竜助との関係もすっきりしません。苗子は千重子のところに泊まりますが、それもたぶんこの一回きりのことでしょう。すべては中途半端といえば中途半端なまま、なんともいえない余韻を残して小説が閉じられます。

 

だからこの本は、筋書きだけを追うと物足りないかもしれません。でも、やわらかい京ことばが醸し出す雰囲気と、京都の街並みの描写がじんわりと溶け合って、なんともいえない空気感が心地よく感じました。

 

そして読むうちに、千重子と苗子という二人が、実は京都そのものではないかと思えてきます。京都の商家で育った美しく上品な千重子は京都のエレガンスそのものであり、北山杉の立ち並ぶ山の中で暮らす苗子は、京都を囲む自然の化身のようなのです。

 

そんな二人が、一晩だけ同じ屋根の下で過ごし、そしてそれぞれの世界に戻っていく。冒頭に登場する、もみじの古木に咲いた、決して出会うことのない二本のスミレのように。本書はそんな、冒頭からラストまで間然とするところのない、川端文学の精華であるように思います。

 

最後までお読みいただき,ありがとうございました!

 

#読書  #読了

【2832冊目】トルーマン・カポーティ『カポーティ短篇集』

 

 

 

文庫オリジナルの短篇集とのことです。エッセイや旅行記に近いものから、やや長めの読みごたえのある作品までバランスよく収められています。

 

文章がいいですね(もちろん翻訳もすばらしいです)。こういう小説を読むと、筋書きだけを追いかけるような読書がホントにばからしくなります。「ヨーロッパへ」「イスキア」「スペイン縦断の旅」など、どれも筋書きらしい筋書きもほとんどありませんが、文章表現だけでたっぷり堪能できます。

 

「蔦におおわれたガラス窓の向こうに見えるゆがんだ風景のように、これほど恐ろしく澄みきった湖底には、きっとゴシック風の生き物がうごめいているに違いないからだ」(「ヨーロッパへ」より)

 

「まるで何人もの年老いた人夫が機関車を引っぱっているように、列車はゆっくりと這うようにグラナダを出た。南の空は砂漠のよう白く燃えている。ただ一つの雲が、移動するオアシスのように流れている(「スペイン縦断の旅」より)

 

 

物語のほうは、ビターでクールな大人の味わい。中で忘れがたいのは、「窓辺の灯」の、穏やかで暖かい家と思わせて、冷凍庫の中に積み重なった猫というギョッとするイメージが挿入されるところ、「クララきらら」で著者自身を思わせる語り手の「ぼく」が、「ぼく、男の子はいやなんです。女の子になりたいんです」と突然言うところ。「ローラ」の、翼を切り取られたカラスの存在も印象的でした。

 

カポーティ、久々に読んだけど、やっぱり良い。代表作といわれる作品を、また読み直してみたくなりました。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

【2831冊目】アランナ・コリン『あなたの体は9割が細菌』

 

 

本書は人体内部の「細菌」を主人公とした一冊です。人間の体質や行動、病気を決めているのは、DNAよりむしろ共生する細菌たちだった、というショッキングな内容ですが、大変面白く読めました。

 

中でも一番びっくりしたのは、自閉症をめぐるケース。耳の感染症を治すための抗生物質の投与が腸内細菌のバランスを乱し、神経毒素を発生させる破傷風菌が体内で増殖したため、自閉症が「発症」したというのです。そして、適切な抗生物質の投与で破傷風菌を退治したところ、自閉症の症状が全快したというから驚きです。

 

出産をめぐるエピソードも意味深でした。赤ちゃんは産道を通り抜ける間に、母親から微生物の「プレゼント」を受け取ります。また、母乳もさまざまな細菌が含まれていて、赤ちゃんの健全な体内環境を作り上げるというのです。では、帝王切開で生まれたり、粉ミルクで育てられた赤ちゃんは大丈夫なのでしょうか? 気になる方は、ぜひ本書をお読みください。

 

他にもいろいろ気になるトピックがあったのですが、今日はちょっと疲れたのでこのへんで。これくらいの長さも、たまにはいいでしょう。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

【2830冊目】マーク・オーエンス&ディーリア・オーエンス『カラハリが呼んでいる』

 

本書は、先日読んだ『ザリガニの鳴くところ』の著者ディーリア・オーエンスが、夫のマークとともに若き日々を過ごした7年間の記録です。その舞台は、アフリカはボツワナカラハリ砂漠。「バックパック二個、寝袋二つ、携帯テント一つ、小さな調理器具一式、カメラ一台、着替えを一揃いづつと六千ドル」が全財産の貧乏フィールドワークの日々が、みずみずしくも細密に綴られています。

 

そこにいたのは、まだ人間を怖がることを知らない、1970年代のカラハリ砂漠の動物たち。特にライオンとの交流には驚きました。一頭ずつのライオンに名前をつけたり、キャンプの中で一緒に過ごしたり、朝起きたらライオンが足元にいたりと、オーエンス夫妻とライオンとの関係は研究対象というより友人同士みたい。

 

だからこそ、自然研究ではタブーである「怪我したライオンの治療」も、せずにはいられなかったのでしょう。また、ハンターに殺されたと思っていた「モフェット」という名のライオンに思いがけず再会した時の喜びようも格別です。

 

本書は研究書ではありませんが、フィールドワークの中でのさまざまな発見にも興味を惹かれました。ライオンやハイエナなどの動物について、文字通りかれらの中で暮らしていないと気づかないようなことがたくさん書かれているのです。

 

読んでいて意外だったのは、子どもの授乳や世話を拒否する「育児放棄」ライオンのこと。動物でもそういう「未熟な親」がいることに驚きました。一方、カッショクハイエナが「養子縁組」をするというのもびっくりです。とはいってもいとこ関係など親戚関係ではあるらしいのですが、それでも自分の子以外の子ハイエナを引き取って育てるケースがなんと7割程度に及ぶというのです。

 

自然保護の現状をめぐる問題点についてもしっかり触れられています。特に、カラハリ砂漠の動物保護区内に「涸れない水源がない」という問題は重大です。そのため、動物たちは水を求めて保護区域外に出て行かざるを得ず、そこでハンターに狩猟されたり、餌場と離れすぎてしまい餓死してしまうというのですから。そのようにして、なんと8万頭ものヌーが死んでしまったそうです。著者らの訴えが功を奏して、その後改善が図られたそうですが、今はどうなっているのでしょうか。

 

なお、本書はマークとディーリアが分担執筆しており、26章のうち16章がマーク、10章がディーリアの担当となっています。『ザリガニの鳴くところ』の著者だからといって贔屓目に見ているつもりはありませんが、正直言って、文章のうまさはディーリアが圧倒していると感じました。とはいってもいわゆる作家的な文章ではありません(マークのほうがどちらかというと「作家」っぽい)。むしろ研究者としての目を、ディーリアのほうが持っていると感じます。

 

なんというか、ディテールの緻密さ、文章の解像度が全然違うんです。その「研究者の目」が、後年の『ザリガニの鳴くところ』での「湿地」の描写のリアルさにつながっていると言ったら言い過ぎでしょうか。

 

最後までお読みいただき,ありがとうございました!

【2829冊目】松田行正『眼の冒険』

 

 

直線、面、形、文字。

 

ありとあらゆる視覚情報をこきまぜて、「見えること」と「見ること」の間隙を突く一冊です。

 

★★★

 

まずは「相似」の話から。

 

雑誌『遊』で展開された「似たもの同士カタログ」を紹介し、モンドリアンのアートとコンピューターの集積回路曼荼羅図を重ねるのは、まだ序の口です。

 

相似は、文化や歴史でも重要です。

 

たとえば、縦ストライプの服。

 

日本でも西洋でも、当初は身分の低い者しか着用できませんでしたが、後に斬新なデザインとして人気となり、アメリカやフランスの国旗デザインにまでつながりました。

 

あるいは、ナチスの党大会で行われた光のモニュメントと、ニューヨークのワールドトレードセンター跡地で行われる追悼の光の儀式の相似性はどうでしょうか。

 

さらにナチスがらみで言えば、広島平和祈念資料館にみられるシンメトリーと、ナチス建築家シュペーアによるファシズム建築の相似性も指摘され、読んでいてギョッとさせられます。

 

★★★

 

さまざまな図表も興味深いものばかりです。

 

個人的に気になったのは、どちらも映画がらみですが、

 

1つは『遊星からの物体X』で、登場人物がエイリアンに乗っ取られるプロセスをダイアグラムにしたもの。

 

もう1つは、ヒッチコックの『ロープ』の探偵役が室内を歩き回ったルートをつなげたものが面白く感じました。

 

★★★

 

他にも錯視画からアート、独自の文字からCDのジャケットまで、とにかくデザインといえるものならなんでも取り上げられ、意外な仕方で結びつけられています。

 

ページをめくるごとに読み手の「モノの見え方」が更新される、まことに驚くべき一冊でした。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!