【2830冊目】マーク・オーエンス&ディーリア・オーエンス『カラハリが呼んでいる』
本書は、先日読んだ『ザリガニの鳴くところ』の著者ディーリア・オーエンスが、夫のマークとともに若き日々を過ごした7年間の記録です。その舞台は、アフリカはボツワナ、カラハリ砂漠。「バックパック二個、寝袋二つ、携帯テント一つ、小さな調理器具一式、カメラ一台、着替えを一揃いづつと六千ドル」が全財産の貧乏フィールドワークの日々が、みずみずしくも細密に綴られています。
そこにいたのは、まだ人間を怖がることを知らない、1970年代のカラハリ砂漠の動物たち。特にライオンとの交流には驚きました。一頭ずつのライオンに名前をつけたり、キャンプの中で一緒に過ごしたり、朝起きたらライオンが足元にいたりと、オーエンス夫妻とライオンとの関係は研究対象というより友人同士みたい。
だからこそ、自然研究ではタブーである「怪我したライオンの治療」も、せずにはいられなかったのでしょう。また、ハンターに殺されたと思っていた「モフェット」という名のライオンに思いがけず再会した時の喜びようも格別です。
本書は研究書ではありませんが、フィールドワークの中でのさまざまな発見にも興味を惹かれました。ライオンやハイエナなどの動物について、文字通りかれらの中で暮らしていないと気づかないようなことがたくさん書かれているのです。
読んでいて意外だったのは、子どもの授乳や世話を拒否する「育児放棄」ライオンのこと。動物でもそういう「未熟な親」がいることに驚きました。一方、カッショクハイエナが「養子縁組」をするというのもびっくりです。とはいってもいとこ関係など親戚関係ではあるらしいのですが、それでも自分の子以外の子ハイエナを引き取って育てるケースがなんと7割程度に及ぶというのです。
自然保護の現状をめぐる問題点についてもしっかり触れられています。特に、カラハリ砂漠の動物保護区内に「涸れない水源がない」という問題は重大です。そのため、動物たちは水を求めて保護区域外に出て行かざるを得ず、そこでハンターに狩猟されたり、餌場と離れすぎてしまい餓死してしまうというのですから。そのようにして、なんと8万頭ものヌーが死んでしまったそうです。著者らの訴えが功を奏して、その後改善が図られたそうですが、今はどうなっているのでしょうか。
なお、本書はマークとディーリアが分担執筆しており、26章のうち16章がマーク、10章がディーリアの担当となっています。『ザリガニの鳴くところ』の著者だからといって贔屓目に見ているつもりはありませんが、正直言って、文章のうまさはディーリアが圧倒していると感じました。とはいってもいわゆる作家的な文章ではありません(マークのほうがどちらかというと「作家」っぽい)。むしろ研究者としての目を、ディーリアのほうが持っていると感じます。
なんというか、ディテールの緻密さ、文章の解像度が全然違うんです。その「研究者の目」が、後年の『ザリガニの鳴くところ』での「湿地」の描写のリアルさにつながっていると言ったら言い過ぎでしょうか。
最後までお読みいただき,ありがとうございました!