自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2711冊目】三浦しをん『きみはポラリス』



新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン33冊目。


読んでびっくりしました。三浦しをんは『舟を編む』など何冊かを読んだ印象では、どちらかというとライトでコミカルなお仕事小説のイメージが強かったのですが、こんなに緊密で高濃度の作品が書けるとは。


ポラリスとは、北極星のこと。全天の中心であり、不動の道しるべです。本書はそんな北極星のような相手のいる人たち(あ、ある作品では「犬」ですが)を綴った短篇集。


恋愛小説といえばそうなのですが、本書で描かれる恋愛は一筋縄ではいきません。中でも印象に残ったのは、復讐と浮気が絡み合う不気味な「ペーパークラフト」や、自分を(そのつもりなく)誘拐した男を想う女の子の気持ちを透明感のある文章で綴った「冬の一等星」でしょうか。許されざる兄妹愛をしんみりと描いた「裏切らないこと」も忘れられません。


それと、同じ登場人物の現在と過去をそれぞれ描いた、冒頭とラストの作品が、なんとも切ないですね。恋多き男を好きになってしまった男の片想い。「永遠に完成しない二通の手紙」「永遠につづく手紙の最初の一文」というタイトルも絶妙です。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【2710冊目】安部公房『砂の女』


新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン32冊目。


砂の穴に埋もれていく家に閉じ込められた男の話です。こちらもずいぶん久しぶりの再読。


いろいろ深読みができそうな話ではあります。部落のために犠牲になって砂を掻き出す男の姿には、集団のために犠牲となる個人の姿が象徴されているとか、そこに暮らす諦め切った表情の女には、体制に従順な国民の姿である、とか。


ただ、今回読んで感じ入ったのは、徹底した「砂」の描写のすごさでした。肌にまとわりつく砂粒の不快なざらつき、少しずつ降り積もってくる不定形の砂の不気味さが、ほとんど肌感覚レベルで迫ってきます。その「砂の感覚」が小説全体を覆い尽くして、異様なざらついた読後感を与えているように思われます。こんな小説、なかなか他にはありません。


「平均1/8m.m.という以外には、自分自身の形しか持っていない砂・・・・・・だが、この無形の破壊力に立ち向かえるものなど、なに一つありはしないのだ・・・・・・あるいは、形態を持たないということこそ、力の最高の表現なのではあるまいか・・・・・・」(p.37)


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【2709冊目】畠中恵『てんげんつう』



新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン31冊目。上は、なぜか文庫の画像が出てこなかったので、単行本バージョンになってます。


前回紹介した『しゃばけ』に続き、今度はシリーズの18冊目。なんと刊行20年目とのこと。


1冊目から一挙に18冊目に飛んだのですが、まったく違和感なく読めました。登場人物はやや増えていますが、メインの若だんな、佐助、仁吉といったキャラは変わらず。小鬼の鳴家たちはすっかりマスコットキャラ化しています。


「てんぐさらい」「たたりづき」「恋の闇」「てんげんつう」「くりかえし」の短編5作が収められていますが、どれも安定の筋運び。妖怪版水戸黄門というか、妖怪版「相棒」というか。その安心感と適度な現実逃避感が、人気の秘密かもしれません。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【2708冊目】畠中恵『しゃばけ』



新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン30冊目。


もう何冊でているのかわからない「若だんな」シリーズの第一作です。江戸時代を舞台に、妖怪が見えてしまう虚弱体質の「若だんな」の活躍と成長を描く時代+妖怪+ミステリです。


ゲゲゲの鬼太郎』から『妖怪ウォッチ』まで、日本人はホントにこういうのが好きなんですねえ。本書に出てくる妖怪たちも、助さん格さんポジションの犬神に白沢、小鬼のような鳴家に鈴の音と現れる鈴彦姫など、あまりシリアスにならず、むしろみごとにキャラクター化しています。


だが、それを言えば本書でも重要な役割を演じる、モノが妖怪化する「付喪神」のように、そのへんのモノが妖怪やら神様になるのが日本なのですね。


そんな妖怪たちに囲まれた若だんな、一太郎は、あまりに過保護に育てられすぎていて、ちょっとかわいそう。でも、その中で体は弱いけどいざとなると勇気を発揮する若だんなは、なかなかカッコいい。周囲の人物も含め、シリーズ化されるのも納得の魅力です。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【2707冊目】星新一『妄想銀行』



新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン29冊目。


安定の星新一クオリティ。さすがにいろいろ読んでいると、ラストの予想がついてしまうものもありますが、一つとしてつまらないと思える作品がないのはさすがです。


ちなみに解説は都築道夫氏ですが、けなすような書き振りでハラハラさせつつ星作品の魅力を的確に表現していて、こちらもおもしろい。特に、描写がないからこそ古びない(「小説はしばしば、描写の部分から、腐りはじめる」)という指摘にはうならされました。


そうなのですよね。さらにいえば登場人物の名前もせいぜい「エヌ氏」、舞台となる国や地域も時代背景も書かれていないからこそ、どの時代、どの場所でも古さを感じないのです。だから星新一の作品は、いつ読んでも、ちょっと未来のほうからやってきたような印象を受けるのかもしれません。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!