自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2706冊目】七月隆文『ケーキ王子の名推理』



新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン28冊目。


ケーキ好きで単純素朴な女子高生の未羽は、失恋の痛手を癒やそうとたまたま入ったケーキ屋で、学校一のイケメンだが女の子には冷たいので「冷酷王子」と呼ばれる颯人に出会う。彼は実は世界一のパティシエを目指し、その店で修行していたのだ・・・・・・


定番といえば定番ど真ん中の設定なのだが、未羽のキャラが魅力的なのと、会話がとにかくリズミカルで「上手い」のが評価ポイント。5巻まで続編が出ているのも納得のクオリティです。


ケーキの描写が素晴らしいので、読むとケーキを食べたくなります。「推理」はむしろトッピング程度なので、推理小説を期待して読むと肩透かし。おじさん読者としては、一生懸命生きている若い二人を応援したくなる、元気の出る小説でした。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【2705冊目】宮本輝『錦繍』


新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン27冊目。


昨日紹介した『白いしるし』と同じ、30代の女性が主人公。でも、その二人の、なんと違うことか。


『白いしるし』の夏目さんは、よく言えば若々しく、悪く言えば幼い。一方、本書の亜紀には、静かで落ち着いた、しかしどこか覚悟の定まった、芯の強さを感じた。それは結婚に離婚(しかも理由が、夫と浮気相手の心中未遂)、さらに再婚という人生の経験値の差か、あるいは先天性の脳性麻痺で障害をもつ息子を育てる母としての強さなのか。


本書は書簡小説なのだが、そのやりとりをしているのが亜紀と、例の心中未遂の末に離婚した元夫、という時点でなんともスリリング。そして、手紙のやり取りが進むにつれて内容が深まり、生と死についての本質的な思索に至るのがものすごい。中でも全体を貫くのは、亜紀がモーツァルトを聴きながら思い至り、相手の有馬がそこから思いを巡らせるきっかけとなる、次のことばであろう。


「生きていることと、死んでいることは、もしかしたら同じかもしれない」


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【2704冊目】西加奈子『白いしるし』


新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン26冊目。


こういう本を読むと、恋愛というものからずいぶん遠ざかったものだなあ、と思う。一人の人をここまで好きになることの、溶けるような幸福。その相手に恋人がいると知ったときの、ドロドロの地獄絵図のような心境。しかもその相手は彼の異父妹で、彼はその相手のことをこんなふうに言うのだ。「あいつと離れるのは、離れるいうより、剥がす、剥がれる感じなんです」


とはいえ、この時点で小説は半分を少し過ぎたくらい。ここから物語は、主人公である夏目の復活に向けて驚くべき展開を見せる。そして読み手は気づくのだ。これは単なる恋愛の話ではない。これは生きることの、魂の物語そのものなのだ、と。だから本書は、恋愛の成就などどこかに吹っ飛び、夏目の生そのものの高らかな賛歌で終わるのだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【2703冊目】川端康成『雪国』


新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン25冊目。


例によって若かりし頃に読みましたが、ピンと来なかった一冊です。むしろ「片腕」や「眠れる美女」の妖しさのほうが分かりやすく、惹かれるものがありました。


再読して感じたのは、これは「大人のための名作」であるということ。仕事もせず親の遺産で暮らしながら超然を気取る島村と、芸者のタマゴとして働き、苦労を重ねつつ奔放で開けっ広げな性格の駒子のコントラスト。そして、そんな島村に惹かれていく駒子の切ない心情は、やはりそれなりに年齢を重ねてはじめて胸を打つものがあります。


そしてやはり、見事なのはその描写です。例えば駒子を見たときの印象は「足指の裏の窪みまできれいであろうと思われた」。葉子の声を「悲しいほど美しい声であった。高い響きのまま夜の雪から木魂(こだま)して来そうだった」。小説から音が聞こえてきそうです。自然描写も素晴らしいのですが、こちらは長くなるので、ひとつだけ引用しておきましょう。


「裸の天の河は夜の大地を素肌で巻こうとして、直ぐそこに降りて来ている。恐ろしい艶めかしさだ。島村は自分の小さい影が地上から逆に天の河へ写っていそうに感じた。天の河にいっぱいの星が一つ一つ見えるばかりでなく、ところどころ光雲の銀砂子も一粒一粒見えるほど澄み渡り、しかも天の河の底無しの深さが視線を吸い込んで行った」(p.163)


こんなにエロチックかつ壮大な天の河の描写が、かつてあったでしょうか。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【2702冊目】和田竜『村上海賊の娘』



 


新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン24冊目。


100冊」に取り上げられているのは第1巻ですが、こんな面白い小説を1巻だけで中断できるワケがない。全4巻を一気に読み切ってしまいました。


織田と毛利が鎬をけずる戦国時代の瀬戸内海にあって独自の存在感を示していた海賊衆「村上海賊」。そのひとつ、能島村上の当主の娘「景」(きょう)を主人公に、知られざる戦国時代の一幕を描く時代小説です。


とにかく登場人物が魅力的です。主人公の「巨眼で鼻が通った」当時としては異相の景は、武勇に優れ正義感に燃える女性で、まるっきり少年マンガの主人公です。他にも、敵役である真鍋海賊の真鍋七五三兵衛をはじめ、毛利家の軍人宗勝にイケメンの就英、鉄砲衆の雑賀孫市など、強烈な個性のキャラ揃い。


中でも、物語の中で大きく変化した人物といえば、景の弟で臆病者として登場しながらも、後に武将として名をなしたという景親でしょう。やはり慎重派ながら最後は漢気に目覚め戦いに身を投じる沼間義清も忘れられません。堅物の兄、元吉が実は好戦的な戦上手というのも面白い。


そして、本書の読みどころといえばなんといっても合戦シーンのリアルさです。前半での織田の本願寺攻めでは信長自らが加わり、その人間離れした悪魔的な強さがたっぷり描かれます。そして、4巻目の大半を占める壮絶な海戦シーン。投げ銛に焙烙玉といった海賊ならではの武器にすさまじい戦略の駆け引き。中でもラストを飾る景と七五三兵衛の戦闘シーンは圧巻です。


しかもこの物語、ほとんどが史実に基づいており、徹底した史料調査を踏まえているというから驚きます。景自身は「女」としてしか史料には登場しないようですが、それを主役に引っ張り上げ、活き活きと描いたのは著者の手腕でしょう。


和田竜の本は初読でしたが、歴史エンタメとして極上でした。柴田錬三郎池波正太郎を継ぐ書き手といっていいでしょう。寡作でもあるようですが、次回作が本当に楽しみです。あ、その前に『忍びの国』と『のぼうの城』を読まなくては。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!