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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1662冊目】川上未映子『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』

そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります (講談社文庫)

そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります (講談社文庫)

作家デビュー前の2003〜2006年にかけて、著者のウェブサイト「純粋悲性批判」(http://www.mieko.jp/)に公開された日記からの136本。ちなみに日記自体は今でも更新されているが、内容的には著者の活動告知板と化している。

考えてみれば、こういう文章を読める機会って、けっこう貴重である。デビュー後に綴った日記が書籍化されることはよくあるが、そういう時って、日記自体が作家としての「作品」として最初から書かれていることが多い。それはそれで悪くはないが、本書のような「作家以前」段階の文章とはちょっと違う。

で、実際の文章であるが、これはもう、極上。貧しい上に父と母が血まみれのバトルを繰り広げていた幼い日々の思い出から、愛してやまないサボテンの「サボコ」との涙の別れ、電車や路上で出会ったちょっと変わった人についてのポップな観察やら女性ならではの悩みなどが、驚くほど率直に、しかし独特きわまりない文体で綴られている。

その、町田康を思わせるビートの効いた文章が大阪弁でガンガン迫ってくるところは、小説デビュー作『わたくし率…』を先取りしている。内容も爆笑モノからユーモラスなもの、哀しいものに切ないものといろいろ揃っており、しかもその奥に著者自身がちゃんと立っているのが見える。川上未映子は、デビュー前からすでに川上未映子だったのだ。

個人的に共感したのは、姉家族らとディズニーランドに行き、きらびやかにコスプレしたり親相手にダダこねたりしている子どもらを見つつ、以前テレビでやっていた、アル中の父親を看病しつつ生活保護を受けて暮らしている小三の女の子を思い出したというくだり。そして、戻ってきた姉に著者はこう言うのだ。

「私は今、テレビで見た生活保護をもらって父親の面倒見ながら犬と暮らしてる小三の女の子のことを考えてた。あの子は白雪姫に変身したり、差し出される食べ物をいたずらに要らんとゆうたり、こんな大金を使うこともなく、今もきっと車椅子を押してるやろう。ああこれは、この差は、いったいなんの差か。あなたはどう考える」(p.201)


まあ、当然のようにディズニーランドのただ中でそんなことを言われた姉もうんざりするわけだが、だけどこういうことをあの空間で考えられるというところが、私としては共感できるし、マトモな感性をもっているな、と感じられるのだ。この真正直さとミスマッチ感が川上未映子なのだろう。

あと、特に文章と内容がバッチリ噛みあっていてすばらしいのが「私はゴッホにゆうたりたい」。これはネット上でも「よりぬき日記」として比較的わかりやすいところにピックアップされているので、ぜひ読んでほしい。作家デビュー前で、ミュージシャンとしてもいろいろ悶々としていたであろう著者の内面にたぎるマグマが、文章の奥でふつふつ音を立てているのを感じる。

詩(もしくは歌詞?)みたいなものもいくつか入っているが、これも絶妙。本書のタイトルだって、こんなの、見たことない。日記の文章だって、ゆるいようでいて実に精妙に組み立てられていて、ほとんど名人芸である。いったいこの言語感覚って、どこから来ているんだろうか。

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)