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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1344冊目】北條民雄『いのちの初夜』

いのちの初夜 (角川文庫)

いのちの初夜 (角川文庫)

昭和10年から12年にかけて書かれた8編「いのちの初夜」「眼帯記」「癩院受胎」「癩院記録」「続癩院記録」「癩家族」「望郷歌」「吹雪の産声」が収められている。

舞台はなんと、かつて「癩病」と呼ばれたハンセン病の療養所。著者の北條民雄氏は19歳で発病、21歳で療養所「全生病院」に入院し、なんとわずか3年後に24歳で亡くなっている。つまり本書に収められている短篇は、どれもその最後の3年間に書かれたものなのだ。

その筆致はまさに鬼気迫るというか、生命の炎を燃やしつくすようなすさまじい迫力と緊張感に満ちている。私は読みおわってしばらく、そのあまりの衝撃に何も考えられなかった。一冊の本からここまで強烈な衝撃を受けた記憶は、ほとんどない。

著者は「俺はどんな思想も世界観を信じはしない。ただ俺の苦痛だけを信ずるのだ」と語ったという。しかしその「苦痛」から生まれ出た文学が、いかなる思想も世界観も凌駕するものとなったのだ。病の進行をひたすら待ち、死ぬこと以外に退院する希望も持てない過酷で残酷な日々。身体が次第に変形し、夜ごと苦痛にのたうちまわる患者たちの姿。木の枝を見れば首を吊ろうかと思い、電車を見ればその下敷きになる気分を想像する日常。われわれの想像を絶する状況こそが、ここでは日々の光景なのである。

だからこそ、そこで時折見られるちょっとした「奇跡」が、何にもまして尊いのだ。特に「吹雪の出産」での赤子の誕生は感動的である。しかしまた、その赤ん坊に患者のひとりが言う「いいか、大きくなったって俺たちを軽蔑するんじゃねえぞ、判ったな。しっかり手を握ってらあ。なんしろこいつあ病者じゃねえからな」というセリフが、またしてもこちらにぐさりと突き刺さるのだ。

ハンセン病の隔離政策が改められたのはつい最近のことである。しかし、隔離されていた当のハンセン病患者たちがどのような日々を送っていたのかということを、私はほとんど知らなかったし、知らない人のほうが多いだろう。

本書はその実情をルポルタージュではなく「文学」というスタイルで深彫りし、まさに内部の目で描き切ってみせたといえる。しかし、だからといって本書を単なる内部暴露本のように読むのはもったいない。むしろ本書の凄みは、当時「不治の病」の患者とされ、当然のように差別され、隔離されてきた人々、いわばある種の極限状態における人間の姿をありのままに描き出した点にあるように思われる。

実は、本書を読んでいて思い出していた本が2冊ある。石牟礼道子の『苦海浄土』とフランクルの『夜と霧』である。しかし、その衝撃度の強さは、ひょっとしたら本書の方が上かもしれない。99%の絶望と1%の希望を絶妙に描く、知られざる傑作「文学」。歴史に残すべき希有な一冊である。

新装版 苦海浄土 (講談社文庫) 夜と霧 新版