自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2783冊目】米原万里『マイナス50℃の世界』


今朝のニュースで、カナダでは気温がマイナス50℃に達した、と言っているのを見て、この本を思い出しました。


ロシア語通訳の達人にして名エッセイスト、米原万里の初の著作です。そして、なんと地球上で最も寒い場所、ロシアのヤクートへの旅を綴った一冊なのです。しかもこれ、TBSの企画で実現した取材らしいのですが、写真が山本皓一、同行のリポーターがあの椎名誠という意外な組み合わせ。ちなみに本書の写真のキャプションは全部椎名誠がつけているそうです。


本書で一番強烈なのは、ヤクートの寒さ。なにしろ飛行機から降りた時の気温はマイナス39℃。しかも、出迎えてくれた現地の人は口を揃えてこう言ったというのです。「みなさんは日本から暖かさを運んできてくれましたね。マイナス39℃なんて、こんな暖かい日は久しぶりです」


そうなのです。マイナス50℃、60℃の世界では、われわれの貧弱な常識など通用しないのです。たとえば「真冬のほうが交通は便利」と彼らは言います。この地域に無数に散らばる湖や沼、河川は、冬になると氷が張るので、その上を通れるようになるからです。


あるいは、真冬の車にチェーンはいらない、という言葉も出てきます。なぜでしょうか。氷の上が滑るのは、摩擦熱で氷の表面が溶けて水の膜ができるからです。ところがあまりにも寒いと、摩擦熱程度では氷が溶けない。だから滑ることはないのだそうです。ちなみに同じ理由で、真冬にはスキーもスケートもできません。「スキーやスケートは、春先の、暖かくなった時の遊びさ」と、現地の小学生は言うそうです。


しかし、こんな極寒の地に住むヤクート族は、実に「温かい」人々なのです。なにしろヤクート語には、人を罵る言葉がほとんどないというのですから(だからケンカをする時はロシア語を使うらしい)。そんなヤクート族も、昔はもっと暖かい南方に住んでいたといいます。周囲の攻撃的な部族に追われて北上し、この極寒の地に行き着いたのだろうと著者は想像します。ちなみにヤクートとは「さいはてのさらにはて」を意味するそうです。


とはいえこれは1980年代の話、今はもうちょっと変わっているだろうと思っていたら、ちょっと前に、たまたまつけたテレビがヤクートのことをやっていました。それによると、物資を運ぶトラックは冬の時期に命がけで氷原を突っ切ってくるそうです。なぜなら夏の時期は湖や河川のため地上を通れず、物資は空輸するしかないからだそうで・・・・・・う〜ん、変わってないじゃん。でも、彼らの生活様式と温かい心が今もしっかり守られていて、ちょっとホッとしました。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!