【2649冊目】ジェレミー・テイラー『人類の進化が病を生んだ』
人間の病気や人体の特徴について「進化」の観点から解き明かした一冊です。一般向けの本とはいえ、中身はなかなかハード。ボリュームはそれなりだし、専門用語もバンバン出てきます。ただ、全部は理解できないまでも、意外な発見がいろいろあって楽しめました。
ご存知のとおり、人体のデザインは、とてつもなく精巧にできています。とはいえ、それはあくまで「遺伝子を後世に伝える」までのもの。極端な話、子どもを産むところまでのことしか、この「システム」は考えていないのです。だから、中年から老年にかけて、いろんな不都合が出てきます。著者いわく「いまを生きよ、つけはあとで払え」なのです。
たとえば、アルツハイマー病は「ベータ・アミロイド」という物質が蓄積することで発症するとされています。しかし、なぜそんな物質が存在するのでしょうか。本書で示されている仮説によれば、ベータ・アミロイドは頭部に外傷などが生じたときに組織を守り、侵入した病原体と戦う「急性期用蛋白質」だとされています。つまり、本来は脳を守る保護物質なのです。しかし、歳をとるとこのベータ・アミロイドを減らす物質の生産が減ることで、残ったベータ・アミロイドに対する免疫反応として炎症が生じ、これがアルツハイマー病の発生につながっているようなのです(説明がざっくりしすぎですが、詳しく知りたい方は本書をどうぞ)。
時代の変化に遺伝子の変化がついていけないことも、問題を引き起こします。例えば自己免疫疾患では、自分の身体に向けて免疫システムが攻撃を始めます。過剰に清潔な環境のため、攻撃すべき敵が見当たらないため、そのような暴走が起きるのです。驚いたのは、自閉症と呼ばれていた人に、この自己免疫疾患が作用していた事例です。このケースでは、寄生虫の卵を人為的に与えることで、それまで見られていた不安定な行動がウソのように収まったそうです。もちろん、すべての自閉症者にこの方法が適用できるわけではないようですが。
ランニングが趣味の方は、靴の与える影響に驚くのではないでしょうか。最近のスポーツシューズは着地の衝撃を吸収するため、地面の感触によるフィードバックを得ることが難しくなっています。そのため、知らぬ間に足に負荷がかかり、ある日突然激痛に襲われることがあるというのです。「加工食品ばかり食べていると咀嚼力とあごの筋肉が弱くなるのと同じで、サポート力の高い靴を履いて育った子どもは足の力、とりわけ縦足弓の筋肉が弱くなる。縦足弓の筋肉が弱いと、足を安定させるといった基本的な機能が発達しない」(p.145)というのだから、なかなか深刻な問題です。
要するに、長生きや科学技術の発達は良いことばかりではない、ということなのですが、だからといって昔のように短命になり、自然に帰るというわけにもいきません。こうして人体や病気への理解を深めることが、新たな治療法や薬の開発につながる、ということはあるのでしょうが、あとはこうしたミスマッチを理解し、付き合っていくしかないのでしょう。そして、寄生虫の卵を飲むことまではしなくても、たまには裸足で歩くくらいのことはしてもいいのかもしれませんね。
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