【2590冊目】ジャン=フィリップ・トゥーサン『ためらい』
「ぼく」は、生後8ヶ月の赤ちゃんを連れて、海辺の村サスエロにやってきます。
そこに住むビアッジを訪ねようとしているらしいのですが、なかなか家のベルを鳴らさず、なんだかずっとためらっているのです。
その割に、ビアッジの家の郵便受けを勝手に開けて郵便物を抜き取ってみたり(その中には、「ぼく」が以前出した、訪問を告げる手紙も入っています)、留守の間に家に忍び込んだり、やたらに挙動があやしいのです。赤ちゃんをホテルにほったらかして、一人でふらふら行動しているのも気になります。
カフカやベケットを思わせる「何も起きない小説」です。しかし、たとえばヨーゼフ・Kがなかなか城に辿り着けないのは、あくまで彼の「外側」にある不条理でした。本書では、不条理は「ぼく」の内心にあります。ビアッジの家の場所は分かっているのに、「ぼく」自身がなぜか行こうとしないのです。
海辺の村の不穏な描写が秀逸です。釣り糸をくわえて溺れ死んでいる猫の描写にはじまり、どんより曇った空や陰鬱な波の音までが、見え、聞こえてくるようです。
この作者の本は初めて読みましたが、明らかに確信して「こういう話」を書いていることが伝わってきます。じっさい、「訳者あとがき」によれば、著者は別の著作に関連して、こう言っているらしいのです。
「ぼくが書いたのは、何も扱っていない本です」