自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2442冊目】藤崎慎吾『我々は生命を創れるのか』

 

 

なんともマッドサイエンティスト風、あるいはフランケンシュタイン風のタイトルだが、実は「生命を創る」研究はすでに幅広く行われている。本書は、合成生物学と呼ばれるその領域を、基礎から最前線まで一挙に案内する一冊だ。

 

生命を創る研究といっても、その目的は、実は「生命の起源を探る」ことにある。生命起源の研究といえば、実験室に原始地球を部分的に再現して何が起きたのかを実験するオパーリンなどの業績が有名だが、そうした「理学的」で「解析的」な方法に対して、合成生物学では、まずは今ある材料や道具で生物(の一部)を作ってしまえ、と考える。時計を分解して組み立てることで時計の仕組みが理解できるように、組み立てる過程で生物の由来や構成を理解する「工学的」で「構成的」なアプローチなのだ。

 

その具体的な内容は、あまりに複雑かつ微妙なものが多く、ピンポイントで紹介することは難しいのだが、さまざまな試みの中から見えてくるのは、どうやら「生物」と「非生物」の間には、そんなにはっきりとした区別はできないのではないか、ということだ。一度殺した大腸菌を蘇らせようと研究を進める田端和仁氏(この研究もなんだかものすごいが)は「100パーセント生きているとか、死んでいるとか言うのは無理だと思っています」と言っている(p.202)。合成生物学に照らすと、生物あるいは無生物というのは、30パーセント生きているとか、60パーセント死んでいる、といった表現になってくる、というのである。

 

さらに著者は、そもそも「生きている」ということ自体が多重的で多層的なものではないかと問いかける。具体的には、生命とは5層になっているマーブルケーキみたいなものだというのである。最下層にあるのは「自然科学が対象としている化合物の集合体としての生命」で、次が「人間の脳に誕生時から刻まれた、言語化されていない生命のイメージ」。第3層は「歴史的に変遷しつつ積み重ねられてきた生命観」、第4層は「地域的な多様性や文化的な背景から語られる生命」、第5層は「対象との距離や関係性において感じられる生命」というややこしいケーキだ。さらに著者は、現在ある生命=「生命1.0」の次のステージである「生命2.0」の可能性さえ示唆してみせる。

 

通常の生命では、4種類の塩基がずらっと並んだDNAをもち、3つずつの塩基の組み合わせから20種類のアミノ酸を生成する、という基本構造がある。だが合成生物学の研究によって、なんと6種類、あるいは8種類の塩基を組み合わせることができるようになった。そうなると、当然「塩基3つ」の組み合わせもこれまでより飛躍的に増えることになり、生成されるアミノ酸の種類も大きく増える。実際、宇宙の他の場所に生命が存在するとすれば、その生命はこうした構造をもっていてもおかしくないという。こうして合成生物学の成果は、生命認識そのものを大きく組み替えることにもつながっていくのである。そこから生命がホントに創造されたとしても、それはあくまで「オマケ」にすぎないのだ。