【2424冊目】アガサ・クリスティー『終わりなき夜に生れつく』
エルキュール・ポアロもミス・マープルも登場しない。「事件」が起きるのは全体の3分の2を過ぎてから。にもかかわらず、この本は読ませる。一見平和で幸せな結婚を描きながら、背後にピンと張りつめた緊張感、一癖もふた癖もある登場人物の会話の応酬で、一瞬たりとも飽きることがない。さすがはクリスティー自身がベストと自賛する一冊だ。
舞台はジプシーの呪いがかかっていると噂される「ジプシーが丘」。アメリカの大富豪エリーと偶然出会った主人公マイクは、恋に落ち、結婚する。圧倒的な貧富の差にも関わらず、エリーとマイクは幸せな結婚生活を送るのだが……
不気味なジプシーの老婆の予言。エリーやマイクを追い出そうと繰り返される嫌がらせ。エリーの周りにいる思惑ありげな人々。誰が善人で、誰が悪人なのかよくわからず、それでも何か事件が起きることは確実という雰囲気の中、乗馬に出たエリーが家に戻っていないことがわかるのだが、冒頭にも書いた通り、そこまでですでに物語は7割がた終わっているのである。いったいここからどんな展開が……と思うところだが、さすがは女王クリスティー。ラストの急転直下は(実はなんとなく予想はついていたが、それでも)ここまでやるか、と思わせるすさまじさ。派手さはないがじわりと読み手を震わせる、ロマンスとサスペンスが高度に融合した傑作である。