自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2411冊目】アラン・シリトー『長距離走者の孤独』

 

長距離走者の孤独 (新潮文庫)

長距離走者の孤独 (新潮文庫)

 

 

 

 本は著者の経歴で読むものではないが、この著者の経歴は面白い。階級社会イギリスの労働者の子として生まれ、14歳で学校を出ると自動車工場やベニヤ工場で働く。空軍に入隊するが肺結核になりサナトリウムへ。ここで「中学から大学まで進学した他の若い連中の大半に追いついてしまった」というほど大量の本を読みまくる。その後スペイン領マジョルカ島で詩人ロバート・グレイヴスに出会い、その励ましのもと、自分が良く知るノッティンガムの下町を舞台に小説を書いたのだ。

何が言いたいかというと、本書で書かれている労働者の姿は、インテリ小説家が「上から見た」ものではなく、まさにその内側から描かれているということなのだ。だから会話も情景もリアルで隙がなく、その中に彼らの生き方やプライド、貧しさや生活の哀しみのようなもの、そして強烈な反骨心が透けて見える。

短篇集なのだが、イチオシはやはり表題作「長距離走者の孤独」か。感化院に入れられた「おれ」は長距離走に天賦の才能をもっている。それが院の名誉のためレースに駆り出され、ぶっちぎりでゴールの手前まで来るが……。「おれ」の独白の圧倒的な迫力が見事。

「俺自身があの物干づなに到達するのは、おれが死んで、向こう側に安楽な棺桶が用意されたときだ。それまでは、おれはどんなに苦しくとも、自分ひとりの力で田野を駆けてゆく長距離走者なんだ」(p.79)

 

たわいない善意が踏みにじられる「アーネストおじさん」は今ならネット上での炎上だろうか。「漁船の絵」は、本を読む「おれ」に怒り狂う妻が強烈で忘れがたく、妻が持ち去って売り払った絵を黙って買い戻す「おれ」がなんともやるせない。一方の「ジム・スカーフィデイルの屈辱」は、労働者階級に向けて冷たい視線を放つインテリ女が痛烈に描かれている。ラストの「フランキー・ブラーの没落」は著者自身の幼い日々を綴った切ない自伝的作品。他に「レイナー先生」「土曜日の午後」「試合」を収める。

なお、本書は翻訳がすばらしい。丸谷才一はもちろんのこと、河野一郎の訳も、きわめて自然で、かつ躍動した「生きた日本語」になっている。見事。