【2392冊目】中野信子『脳内麻薬』
脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体 (幻冬舎新書)
- 作者: 中野信子
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2014/01/30
- メディア: 新書
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「何かを成し遂げ、社会的に評価されて感じる喜び」と「ギャンブルやセックスによる快感」は、実は同じものである。これらはいずれも「ドーパミン」という神経伝達物質の作用なのだ。ドーパミンだけではない。脳内には100種類以上といわれる神経伝達物質が絶えず放出され、そのたびにわれわれは、快感や怒りや落ち着きなどのさまざまな感情に襲われる。人間は感情の動物と言われるが、その感情はすべて脳内の神経伝達物質によって強力にコントロールされているのだ。
その極端な形態が依存症だ。著者は「依存症は決して心の弱さといったものが原因ではなく、脳内の物質の異常から来る病気である」(p.32)という。酒やギャンブルに溺れるのは意志が弱いからだ、などというのは脳科学的にはナンセンス。神経化学物質の威力は、たかが「意志」程度でどうにかなるような甘いものではない。だからわれわれは、依存症のメカニズムをしっかりと認識し、「科学的」に対処していかなければならないのだ。
本書は、こうした神経伝達物質の分泌に影響を及ぼすさまざまな物質についても丁寧に紹介している。ヘロインとマジックマッシュルームとLSDの違い、アヘンとモルヒネとヘロインの関係など、いささか「ヤバめ」の知識も盛り込まれているが、それはやはり、薬物依存もまた神経伝達物質の作用であり、自力で脱出することが難しいためなのだ。ちなみにモルヒネはアヘンから分離されたもので、ヘロインはモルヒネから合成されたものだという。知ってました?
後半は依存症の解説がメイン。アルコール、薬物、ニコチン、セックス、ギャンブルと多様な依存症が紹介されるが、いずれも最終的にはドーパミンのもたらす作用に収斂する。興味深いのは、ドーパミン受容体の少ない人は肥満傾向(つまり食事への依存)に加え、他の依存症にもなりやすいという指摘。そこに働いている「見かけ倒しのご褒美」というシステムが面白い。例えば肥満傾向の人にミルクセーキを飲ませると、ドーパミンはミルクセーキを「飲む前」「まさに飲もうとするとき」に大きく活動し、飲んでいる間は分泌が減少するという。だから飲んでも十分な満足が得られず、かえって飲み続けてしまうのだ。
「仕事で周囲に認められる」といった社会的報酬についても触れられているが、ここではある発想転換テストの結果が興味深い。発想力を問われるような問題で、被験者を2つのグループに分け、一方のグループでは早く解いた人に一定額の報酬を支払うこととするが、もう一方のグループは金銭的報酬を約束しない。すると、なんと「金銭的報酬を約束された」グループの方が、顕著に時間を要した(つまり、お金をもらう方が仕事が遅くなった)というのである。
もっとも、単純作業の場合は金銭的報酬があったほうが高い成果が得られ、ある程度複雑な問題に対してのみ、この傾向は見られるらしい。知的労働に関しては、金銭的報酬で「釣る」のはかえって有害無益ということなのだ。成功報酬とか成果主義って何なんだろう、と思わせられる結果ではないだろうか。