自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1645冊目】吾妻ひでお『アル中病棟』

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

著者自身の入院体験をもとに、アルコール依存の患者さんがまとめて入院している某精神科の病棟と、そこでの生活を描いた一冊。

内容はリアル、絵はギャグ漫画風。前著『失踪日記』もそうだったが、この著者の場合、絵の軽さと風通しの良さが、内容の重さ・暗さを中和している。『失踪日記』もなかなかすさまじい著者のホームレスぶりが描かれていたが、まだしも野外なので「風通し」はよかった。本書は入院という閉ざされた環境だけに、かえって絵に救われている部分が大きい。

ちなみに、絵ということで言えば、やっぱり吾妻ひでおという漫画家は「うまい」。個性豊かな患者さんたちの描き分け方、背景の描き込み、著者自身のキャラクター化のうまさなど、とんでもない巧さである。特に(これは『失踪日記』でもあったが)アル中妄想の世界の描写(p.6など)、ゆるキャラ並にカワイイ新登場の「鬱キャラクター」(p.84など)、ぞろっと揃った人々の描き分け(p.97など)、そして対談でとり・みき氏もホメていたラスト3ページくらいの1ページ1コマのすばらしさ! 絵柄が明るくシンプルなだけに、その裏に広がる不安と空虚が、背筋のほうからぞわっと伝わってくる。

で、肝心の「重く暗い」内容についてだが、これはやはり、アルコール依存症という病気自体の重暗さがどうしようもなく反映してしまう。なにしろ著者が冒頭でも言っているとおり、アルコール依存症とは「回復はしても完治はしない不治の病」なのだ。

入院するほどの状態になると、退院しても1年間の断酒継続率は20%(つまり8割は飲んでしまう)。断酒会やAA(アルコホリックアノニマス自助グループのこと)などの団体もたくさんあるが、そこで会長をやっていてもスリップ(再飲酒)してしまうことがあるのだから、とにかく並大抵ではない大変さなのだ。

ちなみに私自身は、それほどアルコールに強い体質ではない(まったく飲めないワケではないが、飲むと基本的に気分が悪くなり、飲み過ぎると腕や顔に発疹が出る)。だが、体質の強さ弱さとアルコール依存になるかどうかはどうもあまり関係がないらしく、下戸でもアル中になる人はいるので、絶対大丈夫とまでは言えない。

アルコール依存については、著者自身が受けた教育プログラムを再現するかたちで、そのメカニズムについても触れられていて、これがなかなかコンパクトで参考になる。

すこし長いのでダイジェストすると、アルコール依存症者は、アルコールを摂取することで「万能感」「合体感(他人と自分の区別がなくなる)」といったパワー幻想にとらえられ、その陶酔感から逃れられなくなるという。

ではなぜ依存症者は陶酔感を求めるかというと、現実への不安感や空虚感を否認するためなのだそうだ。こうした不安感や空虚感の背景には、その人の成育過程そのものがまるごとかかわってくることもある。過剰な依存欲求が満たされず不安に陥ることもある。一方、過剰適応的性格の人が多いとも言われているらしい。

要するにアルコール依存症は、アルコールそのものというより、それ以外のところに原因があり、そこを埋め合わせるためアルコールに頼るうち抜け出せなくなる、という図式があるというのだ。

もちろんアルコールが安易に手に入る社会環境にも問題はあるが、たぶんアルコールがなければ、その人は別の対象物に依存するだけなのだろう。あるいは、埋め合わせる対象が見つからず自殺してしまうか……(本書には、入院前の著者がドアノブ自殺を試みたり、踏切から飛び込もうとして思いとどまるシーンが出てくる)。

だからもっとも重要なのは、これは病院のモーニング・ミーティングの描写の中で出てくるのだが、「酒の無い生活での心の空洞を何で埋めるのかを考えること」。まあ、これこそ言うは易し、行うは難し、なのだが。でも大事なことだ。

福祉関係の仕事をしていると、アルコール依存の方にはそれなりの頻度で遭遇する。今までも知識として、アルコール依存症がどういうものか「知って」はいたが、本書を読むことで、それを「実感」レベルに落とし込むことはできたように思う(さすがに「体験」レベルには行かないが)。完治はありえないにせよ、せめて著者のアルコール依存症が、穏やかにおさまっていてくれることを祈りたい。

失踪日記