【2258冊目】鈴木大介『脳は回復する』
脳梗塞がきっかけに起きたさまざまな出来事を描いた『脳が壊れた』の著者が体験した、2年にわたる回復のプロセス。高次脳機能障害の「内側」から自身の心身を観察した貴重なレポートだ。
ここで重要な役割を担っているのが、著者の奥様。なんと彼女も発達障害があり、障害者としては著者よりずっと「先輩」なのだ。だいたい、苦悩する著者の横で背中をさすりつつ、言った言葉が「でもあなたも、ようやくあたしの気持ちがわかったか」なのである。
実際、著者は自らが「障害者」となることで、それまでルポライターとして接してきた人々の生きづらさを、はじめて本当に「体感」することができた。すぐキレる。言葉が出ない。約束や時間を守らない、忘れてしまう。エトセトラ、エトセトラ。中でも読んでいてハッとしたのは「不機嫌な人はつらい人だ」というセリフだった。
「とても嬉しいことがある時に、目の前に何度流しても便器の底に残って異臭を放つウンコがあったら、耳の横でずっと黒板を爪で引っ掻き続ける奴がいたら、その嬉しさはどれほど失われるだろうか。しかもその不快の要因を消したい、またはその不快が見えないどこかに逃げたいと願っても、その不快は自分の心の底にあるわけで逃げ様がないのだ」(p.148)
これを読んで「そんなの気の持ちようじゃないの?」と思った人もいるかもしれない。もちろんそれを予想して、著者はこう続ける。
「加えてもうひとつの大きな発見は、世の中で当たり前のように使われまくっている慣用句のひとつに、脳コワさん(注:脳が壊れた人、脳に障害がある人のことです)にとって実はとても残酷なものがあるということだ。
その言葉とは「気は持ち様だよ」」(同ページ)
そうなのだ。自分の気持ちや感情を自分で制御できないことそのものが、実は最大の悩みなのである。安易な「励まし」は、結果としてできないことを強いることになり、まったくの逆効果なのだ。
本書には他にも「やってはいけない対応」「かけてはいけない言葉」や、逆に「こうしてくれたらありがたい」「こんな言葉が欲しい」という事例がぎっしり詰まっている。なんといっても当事者からのメッセージなので、高次脳機能障害者の支援に携わる方には、参考になる点も多いはずだ。ちなみに本書でも書かれているが、ノウハウや考え方の多くは、実は発達障害者への支援方法とよく似ている。そして、発達障害の人への関わり方や支援の仕方について書かれた本は、高次脳機能障害者に対するものよりずっと多いのである。