自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2008冊目】フランツ・イルジーグラー、アルノルト・ラゾッタ『中世のアウトサイダー』

 

中世のアウトサイダー

中世のアウトサイダー

 

 



中世の都市ケルンを舞台に、さまざまな「アウトサイダー」たちの姿を描いた一冊。

浮浪者や障害者、ジプシーに娼婦など、なるほど確かに「アウトサイダー」であろうと思われる人々もあれば、変わったところでは風呂屋、床屋、医者、刑吏なども登場する。だが、現在はそうでなくても、当時は彼らもまた一般社会の埒外にある者であったのだ。

風呂屋に関して言えば、そもそも当時の公衆浴場が混浴だったということに驚いた。なんといっても中世キリスト教まっただ中のドイツである。バーデンの浴場でそのありさまを見て驚いたイタリア人の手紙を読むと、それがいかに衝撃的だったかがよくわかる。もっとも、日本だって江戸時代までは混浴が当たり前だった。それを「野蛮」と批判したのは、日本に入ってきた西洋のお歴々だったはずである。

ただ、中世ヨーロッパの混浴について言えば、そこにはそれなりのいかがわしさもあったらしい。浴場は性的サービスの場であることもあり、さらには医療行為の場でもあった。ちなみに、同様の医療サービスを提供していたのが床屋である。ちなみに、今でも床屋の前でくるくる回っている白・赤・青のサインポールが包帯・動脈・静脈を表しているという説はここから来ているが、これは俗説ということになっている(動脈や静脈が発見されたのは17世紀で、サインポールの歴史のほうが古い)。

興味深いのは、現代であればどちらかといえば高いステータスの仕事である医者が、当時はアウトサイダーとされていたことだ。だがそれも、当時の医術がどういうものであったかを考えれば、その理由はおおよそ想像がつくだろう。

 

言うまでもなく、中世の医療技術の水準は決して高いものではなく、治療が失敗して患者が死ぬことなど日常茶飯事であった。しかも医師免許などない時代であるから、うさんくさいいかさま医者も多かったらしい。そもそも治療という行為自体、魔術と紙一重のものであったのだから(この時代より前では、医術はシャーマンなどの専門分野であった)、「科学」に裏打ちされた現代医療とはだいぶ様子が違ったのである(もっとも、現代でもかなりあやしげな医者は多い。それが医者であるというだけで「尊敬」されてしまう現代の風潮のほうが、本当はちょっとおかしいのかもしれない)。

なんだか風呂屋や医者の話ばかりになってしまったが、本書はまあとにかくこんな調子で、中世の「裏側」から人々の生活や慣習、観念のありようを探った一冊なのである。そして、奇跡と魔術が実在した時代の「当たり前」を知ることで、現代という時代の「当たり前」が相対化される。そのことこそが、実は本書の最大の効能なのかもしれない。