【1859冊目】荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の漫画術』
作家に憧れたことはあるが、漫画家になろうと思ったことはない。なにしろ、絵のヘタクソさは、センスのなさには自信がある。だからこれまで「漫画の描き方」に興味をもったこともなかったのだが、相手が『JOJO』の荒木飛呂彦であれば、話は別だ。あの緊密な展開、独特の魅力的なキャラクター、破格の世界観がどうやって生まれてくるのか、理屈抜きで知りたくなり、本書を手に取った。
著者は漫画を「最高の創造芸術」であるという。漫画は「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」の基本四大構造を兼ね備え、しかもそれを「絵」と「言葉」で同時に表現するからである。では、著者自身はこの四大構造のそれぞれをどのように捉え、実際に作品の中に埋め込んでいるのか。それこそが著者の「漫画術」の奥義であり、つまりは本書に書いてあることだ。
もっとも重要なのは、キャラクターである。キャラクターが生きて動いていない漫画は、どんなに世界観やストーリーが面白くても、読むに耐えないことが多い。では、どのようにキャラクターを動かすか。著者のやり方は、身上調査書を作成すること。その内容は、身長・体重から血液型、利き腕、声質、さらに「将来の夢」に「恐怖」など約60の項目にわたる。もちろん、そのすべてを漫画の中に描きこむわけではないが、「こんなとき、このキャラクターならどうするか」という情報を引き出すには、これくらいの情報量が必要なのだという。
そして漫画特有の重要ポイントが「絵」だ。この点、本書ではなんと人体のデッサンつきで、具体的に全身図の描き方が解説されていて驚かされる。それによると、ポイントは身体の真ん中をタテに通る「正中線」と、あとひとつはどこだと思いますか?……なんと「肘の位置」だという。この二点をおさえれば自然な人体が描けるし、これを回転させてねじれば、あの「ジョジョ立ち」が描けるのだ。
ちなみに著者の絵の特徴はこうした「ポージング」だが、その原点はローマで見たベルニーニの『アポロとダフネ」というバロック彫刻だったという。このねじれたポージングを漫画で描きたい、と思ったということらしい。
他にも世界観やストーリー、テーマ設定について著者一流の「漫画術」が披露される。しかも著者自身の作品を例に引きながらの解説だから、読んでいてまったく飽きることがない。圧巻は実践編、特に2つ目の「短編の描き方」だ。これは著者自身の『富豪村」という短編を自ら解剖しつつ展開されていて、なるほど、こういう発想と組み立て、キャラクター設定で漫画を組み立てていくのかと思わされる。
漫画を描かないからといってスルーしてしまうのはもったいない。映画や演劇、小説にも通じる、創作全般の深みに触れた一冊である。そして、読めば間違いなく、荒木漫画をまた読みたくなってくる。「企業秘密を明らかにする点で不利益」と著者自身は書いているが、実はきちんと「元が取れる」ようにできているのだ。さすがは荒木飛呂彦、万が一にも抜かりはないようだ。
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