自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1820冊目】杉江松恋編『ミステリマガジン700 海外篇』

ミステリ専門誌「ミステリマガジン」700号記念のアンソロジー。ポイントはなんといっても編者がミステリの随一の目利き、杉江松恋氏であるという点。ちなみに全篇が邦訳書籍未収録作品らしいが、そうとは思えないハイレベルのアンソロジーなので、安心して手に取られたい。

「ミステリ」とはいっても、収録作品は謎解きメインもあればサスペンスもの、人間ドラマに重点を置いたものから「奇妙な味」の作品まで幅広い。著者もパトリシア・ハイスミスにシオドア・マシスン、ルース・レンデルにジャック・フィニイイアン・ランキンレジナルド・ヒルにジョイス・キャロル・オーツと錚々たるものだ。一番びっくりしたのは、てっきりSF作家だと思っていたフレドリック・ブラウンが入っていたこと。「終列車」という短篇なのだが、わずか9ページほどの中に濃縮された、ブラウン流のじわっとくるペーソスがたまらない。

それに続くロバート・アーサー「マニング氏の金のなる木」は、これまたウィットの効いた名短編。着服した二万ドルをある家の庭に隠した主人公が、金を取り戻すためその家を手に入れようとするが、そこの奥さんとねんごろになってしまい……という筋書きだが、味わい深いストーリーとラストの鮮やかさのコントラストがすばらしい。

個人的にツボだったのはジャック・フィニイ「リノで途中下車」だ。なけなしの金をカジノで「1ドルだけ賭けてみよう」と思って、(お約束通り)有り金を突っ込んでしまう男の一夜のドラマだが、ギャンブルの哀歓がわずか一夜のゲームに見事に集約されている。部屋で待っていた妻に何をしていたのか聞かれた主人公の、ラストのセリフが見事。

一方、トリックの面でびっくりしたのはイアン・ランキン「ソフト・スポット」だ。刑務所の検閲官のお話なのだが、う〜ん、これはこれ以上書けない。ひとつ言うなら、これは訳者の延原泰子さんに拍手を送りたい。

ほかにも背筋がぞわっとするジョイス・キャロル・オーツの「フルーツセラー」や、杉江氏は一番のお気に入りというパトリシア・ハイスミスの「憎悪の殺人」など、どれをとっても逸品ばかりの一冊だ。私は雑誌のほうはほとんど読んだことがないが、「日本一位・世界二位」のミステリ専門誌の、歴史と底力を感じさせる一冊であった。