【1820冊目】杉江松恋編『ミステリマガジン700 海外篇』
ミステリマガジン700 【海外篇】 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
- 作者: 杉江松恋
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2014/04/24
- メディア: 新書
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ミステリ専門誌「ミステリマガジン」700号記念のアンソロジー。ポイントはなんといっても編者がミステリの随一の目利き、杉江松恋氏であるという点。ちなみに全篇が邦訳書籍未収録作品らしいが、そうとは思えないハイレベルのアンソロジーなので、安心して手に取られたい。
「ミステリ」とはいっても、収録作品は謎解きメインもあればサスペンスもの、人間ドラマに重点を置いたものから「奇妙な味」の作品まで幅広い。著者もパトリシア・ハイスミスにシオドア・マシスン、ルース・レンデルにジャック・フィニイ、イアン・ランキンにレジナルド・ヒルにジョイス・キャロル・オーツと錚々たるものだ。一番びっくりしたのは、てっきりSF作家だと思っていたフレドリック・ブラウンが入っていたこと。「終列車」という短篇なのだが、わずか9ページほどの中に濃縮された、ブラウン流のじわっとくるペーソスがたまらない。
それに続くロバート・アーサー「マニング氏の金のなる木」は、これまたウィットの効いた名短編。着服した二万ドルをある家の庭に隠した主人公が、金を取り戻すためその家を手に入れようとするが、そこの奥さんとねんごろになってしまい……という筋書きだが、味わい深いストーリーとラストの鮮やかさのコントラストがすばらしい。
個人的にツボだったのはジャック・フィニイ「リノで途中下車」だ。なけなしの金をカジノで「1ドルだけ賭けてみよう」と思って、(お約束通り)有り金を突っ込んでしまう男の一夜のドラマだが、ギャンブルの哀歓がわずか一夜のゲームに見事に集約されている。部屋で待っていた妻に何をしていたのか聞かれた主人公の、ラストのセリフが見事。
一方、トリックの面でびっくりしたのはイアン・ランキン「ソフト・スポット」だ。刑務所の検閲官のお話なのだが、う〜ん、これはこれ以上書けない。ひとつ言うなら、これは訳者の延原泰子さんに拍手を送りたい。
ほかにも背筋がぞわっとするジョイス・キャロル・オーツの「フルーツセラー」や、杉江氏は一番のお気に入りというパトリシア・ハイスミスの「憎悪の殺人」など、どれをとっても逸品ばかりの一冊だ。私は雑誌のほうはほとんど読んだことがないが、「日本一位・世界二位」のミステリ専門誌の、歴史と底力を感じさせる一冊であった。