自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1715冊目】長尾真『電子図書館 新装版』

電子図書館 新装版

電子図書館 新装版

図書館本8冊目。

1994年に岩波科学ライブラリーから刊行された一冊。15年を経て著者自身の「新装版にあたって」を巻頭に、岡本真氏の「新装版の読み方」を巻末に付して再刊されたが、メイン部分は1994年に書かれたものがそのまま収められている。

驚くのはその先駆性。1994年といえばまだまだ電子メールやインターネットの黎明期であり、実際、本書は電子メールやインターネットの(かなり初歩的なレベルの)解説からはじまっている。にもかかわらず、ここで論じられている電子書籍電子図書館の構想は、現代に追いついているどころか、ある部分でははるかに追い抜いている。

そもそも、電子図書館における情報の最小ユニットが「書籍」ではなく、もっと細かい部分となるという発想が斬新だ。著者によると、これまでの図書館は一冊の本が最小単位となっていたが、電子図書館においては、雑誌の中の一論文、本の中の一章、あるいはさらに細かい文章単位の取り扱いが可能になるという。言っておくが、google社が設立されたのは4年後の1998年だ。

しかし、では求める情報を利用者はどう探すのか。いわゆる全文検索のようなものも考えられるが、それでは量が膨大になりすぎる。著者や出版社がキーワードをつけたり、書誌情報を活用することも考えられるが、手作業になる分コストがかかるし、内容の偏りや恣意的な誘導も心配だ。

そこで著者が着目しているのが、目次情報である。目次であればわざわざつける必要はないし、本文テキストから引っ張ってくるのも簡単だ。しかも全体の内容がかなりバランスよく反映されている(特に論文の場合、インデックスはかなり厳密につけられる)。これはなかなかうまい着眼だ。

一方、電子図書館でのレファレンスはかなり大変になる。情報の最小ユニットがこれまでより格段に細かくなるので、「質問者に対してこの本を読めば解決するでしょうというだけでは満足されず、答そのものを発見するところまで探索をして、その答を質問者に与えるところまで」(p.45)が司書の仕事になるのだ。今から考えてもこの着想はおもしろい。グーグル検索とレファレンスサービスを融合させるようなものだ。それを図書館の業務として行おうというのである。

他にも貸し出しの問題(電子データゆえに同時に複数の利用者に貸し出せ、期限を設定する必要もない)、それに絡めて著作権の問題、さらにはハイパーテキストやポータブル電子読書機のことなど、まるで予言者のように現代の電子書籍事情やインターネット事情を読み当てている。くどいようだが、iPadキンドルなど、影も形もない時代である。

現代からみてもきわめてラディカルなこの「電子図書館構想」を、当時の人々が受け止めきれなかったのは、無理のないことかもしれない。著者の提言は、あまりにも突飛すぎ、未来的すぎたのだろう。しかし、それは言い換えれば、書物の電子化、情報のマルチメディア化の未来は、当時にあってもここまで予測し得たということなのだ。ただ、あまりにドラスティックで革新的な見通しに、当時の出版関係者や図書館関係者がまるでついていけなかったのである。

結果として、現代の電子書籍は「電子」である必然性がうかがえないようなシロモノばかりになってしまったし、図書館業界に至っては旧態依然の「紙の本の貸出しとレファレンス」にしがみつき、図書館そのものの概念に迫る本書の議論を、いまだにまともに受け止められていない。もちろん紙の本はとても大事ではあるが、それ以前に本書の指摘は、書物、書籍という概念自体を根本から解体するものなのである。

したがって、紙の本をそのまま電子データに置き換えたような「電子書籍」をベースに、電子書籍の良し悪しや貸出しの是非を議論しているようでは、本書から見れば議論の土俵にさえ乗れていないことになる。

何でも新しいものになればよいというわけではないが、それにしたって20年前の議論の土俵にさえいまだに乗れていないこの出版業界、図書館業界というのは、いったい何なのだろうか。本書を読んで感じたのは、先見の明への感嘆の念と同時に、そうした「情けなさ」であった。