自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1711冊目】前川恒雄・石井敦『新版 図書館の発見』

新版 図書館の発見 (NHKブックス)

新版 図書館の発見 (NHKブックス)

図書館本4冊目。今度は日本の図書館をめぐる論点整理の一冊。

著者の前川氏、どこかで名前を見たことがあると思ったら、以前読んだ『移動図書館ひまわり号』の著者であった。日野市で図書館改革に取り組み、その後滋賀県立図書館長も務めた、日本の図書館界のパイオニアである。

そんな著者の本だけに、本書はまさに「図書館愛」にあふれた一冊だ。公立図書館とはかくあるべし、という信念はゆらぎなく、読んでいてちょっと息苦しくなる部分もあるが、しかしそれも、先進国と比べて「遅れていた」日本の図書館を前に前にと引っ張ってきた経験と自負ゆえだと思えば、たいして気にはならない。

著者によれば、そもそも近代公共図書館はアメリカで始まった。1731年、かのベンジャミン・フランクリンが会員制図書館を設立し、さらに自治体が税金によって運営し、誰もが利用できる公共図書館の設置法が、1848年ボストンのあるマサチューセッツ州で成立。最初の近代公立図書館、ボストン市立図書館の誕生である。

興味深いのは、設立に先立つ1852年、理事会による運営方針が報告書として提出されたのだが、その内容がすでに、現代にまで通じる図書館の理念を先取りしていることだ。

中でも、複本の購入については、現代でもよく議論になるテーマだが、すでにこの時点で明確な方向性が示されている。ちなみに複本とは、要するに同じ本を複数用意すること。ベストセラー本を図書館が何冊も(場合によっては何十冊も)購入していることは周知のとおりであり、これについてはいろいろと批判されることも多いが、「運営方針」はすでにこう書いているという。

「多くの人が望んでいるならば、同時に同じ著作を読めるように、十分な数の複本を用意する。今日の楽しい健全な読物を、いきいきとして新鮮で、人びとが読みたいと望んでいる、まさにその時に人びとに提供するようにする。切に要求されている限り、複本を追加購入する。不健全なものを求めるのでない限り、大衆の好みにしたがうことによって、一般的な読書に対する真の欲求が創出されることを願っている」(p.115)


つまり複本問題は、決して瑣末なことではなく、むしろ図書館の存在意義や理念と直結した問題なのである。私自身はこの点について、まだちょっと考えが整理できていない部分もあるのだが、「人びとが読みたいと望んでいる、まさにその時に」というフレーズには深く納得してしまった。

実際、私も「買うほどじゃないけど読んでみたい」本については予約を入れることが多いのだが、読みたいという意欲があるうちに読まないと、何カ月も経ってからでは結局読む気が失せてしまい、せっかく予約したのに読まない、ということがけっこうある。

だったら買えよ、というのが正論だというのは分かっているのだが、こういう「買うほどじゃないけどちょっと気になる」いわばグレーゾーンの本というのはけっこう多く、こういう本がタイミングよく読めると、同じ著者の次の本は気に入って買ってしまったりするものなのである。

ちなみにこの「図書館の存在が書店を圧迫」というのも図書館によく浴びせられる批判であるが、この点については以前読んだ『移動図書館ひまわり号』の内容が引用されている。そこでは、むしろ図書館によって読書の習慣が定着し、いろいろな本を無料で触れる機会が増えることで、かえって本が売れるようになった、との声が紹介されている。

さて、こうした「進んだ理念」に対して日本の図書館が遅れている……というのは、まあありがちな批判ではあるが、これは本来なら、文化的背景や歴史的文脈が全然違うものをそのまま直輸入しようとしているのだから、なかなかうまくいかないのは、やむを得ない部分もあるように思う。

本書で一番鼻につくのはそのあたりの直輸入的なニュアンスだった。本来であれば、図書館草創期の時点で、日本的な図書館のありかたというものをきちんと考えておく必要があったのかもしれない。本書に書かれている日本の図書館史を見る限り、そうした図書館の「根っこ」の部分をきちんと詰めて考えることはあまりなされておらず、単に「進んだ」海外の制度を導入すればよしというスタンスがあったように感じられる。

だから日本の図書館が、先進的な考え方をもつ首長が来たり、著者のような方が招かれれば大きく進展するが、財政状態が厳しくなると書籍費が削られたり委託に切り替えられたりするというのは、それだけ図書館が日本にとって「根なし草」であるということなのかもしれない。

もっとも、そうはいっても先人たちの努力のおかげで、日本の社会にも図書館はそれなりに根付いてきていると思われるので、今からでも「なぜ図書館は必要なのか」「そもそも図書館とは何なのか」をきちんと考え直すことが必要なのではなかろうか。まあ、非力ながらも、それを個人レベルでどうにかこうにか考えてみようというのが、今回こういう「テーマ読書」をやっている理由のひとつなのであるが……

移動図書館ひまわり号