自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1324冊目】慎泰俊『働きながら、社会を変える。』

働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む

働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む

社会問題に取り組むことの「ハードルの高さ」と「ハードルの低さ」を同時に感じさせてくれる一冊である。

「ハードルの高さ」は、問題そのもののむずかしさだ。著者が取り組んでいるのは、子どもの貧困。それも、児童養護施設への支援という、かなり絞り込んだテーマになっているのだが、この児童養護施設をめぐる課題だけでも現状はすさまじいことになっており、取り組むことさえ一筋縄ではいかないことが分かる。

児童養護施設とは、何らかの事情によって親元を離れることになった子どもたちを預かる施設のこと。その事情は子どもによってさまざまだが、多くは虐待を受けたり、親に見捨てられたりという悲惨な過去をもっている。

そのため、子どもたちは一見明るく快活でも、その裏にとんでもなく暴力的な面や傷つきやすい面をもっている。そうした過去ゆえに正常な人間関係を営めなかったり、大人への強烈な不信感を拭えない子どもが多い。

本書のひとつの眼目は、著者自身がそんな施設のひとつに住み込んだときの経験を書いた部分だ。多くの児童養護施設が経済的にも人員的にもギリギリの状態であり、かなり格差があること。そのためどんな施設に入れるかという多分に偶発的な要因で、子どもの将来が大きく左右されてしまうこと。そこで子どもたちの世話をする職員の方々の、想像を絶する苦労の数々と精神的な重圧、それに到底見合わない安い給料。そのため多くの職員が志半ばで燃え尽きてしまい、職場を去るケースも多いこと。そしてそこに住む子どもたち一人ひとりが抱える、あまりにもつらく哀しい体験……。

著者はそんな過酷な現実を文字通り肌で感じ、そんな中で自分には何ができるかをストレートに自問する。そこで役に立ったのは、やや意外なことに、著者の「本業」である金融・投資の世界の知識やスキルであったという。

ところが、じゃあそこで著者が投資の世界から身を引いて児童福祉の世界に「転身」したかというと、それが違うのだ。なんと著者は、投資のプロという本業を続けながら、「パートタイム」で児童養護施設の支援を行う団体を立ち上げたのである。

この「パートタイムの社会貢献」という取り組み方が、実はもうひとつの本書の眼目であり、社会問題に取り組む「ハードルの低さ」を感じさせてくれる点なのだ。確かに職をなげうって社会問題に取り組む人もたくさんいるし、それはそれで素晴らしい。しかし、現実には生活というものがある以上、誰もがそんなことをできるとは限らない。その点、この「パートタイムの社会貢献」が画期的なのは、「誰もが」とは言わないまでも、取り組みのハードルを大きく下げてくれるところなのだ。

経済学者ジェフリー・サックスはその著書『貧困の終焉』で、「極度の貧困を持続可能なかたちで終わらせるために必要な年間支出は、先進国にいる人々の所得のたった2.4%」であると指摘しているという。著者がユニークなのは、この2.4%を単に金額の問題とだけ捉えず、時間の問題として見たところ。そして、本業は本業でしっかり稼ぎつつ、平日の夜と土日の一部を社会貢献にあてることで、この「2.4%」(実際にはそれ以上)に相当する時間を自分の人生の中から叩き出したのだ。

さらに、パートタイム社会貢献のメリットは、単なる生活の安定だけではない。本業を同時並行で続けるがゆえに、その知見やスキルを思わぬ形で社会貢献活動に活かすことができるという点も重要だ。

実際、本書の児童養護施設のような場所、職員に欠けているのは、そうした異業種の専門性であったりする。専門分野のアプローチは「餅は餅屋」に徹しつつ、自分自身の専門性で側面からサポートするというベスト・マッチングが、これによって可能になるのだ。単なるボランティアを超えた継続的な社会貢献の方法を知る上で、たいへんおもしろく、ためになる一冊。

貧困の終焉―2025年までに世界を変える