【2527冊目】中島信子『八月のひかり』
現代日本の「貧困」を正面から描いた児童文学。弟の勇希の明るさや母親の善人ぶりにだいぶ救われてはいるが、基本的には暗く、ヘビーな内容だ。父親の失職がきっかけで起きた暴力、子供を二人連れての離婚、スーパーのレジ打ちで入る給料はギリギリで、小学校5年制の美貴はいつもお腹を空かせながら、仕事に出ている母親の代わりに料理をつくり、弟の勇希の面倒を見ている。典型的なシングルマザー家庭のありようが描かれているのである。
こういう児童文学が、今どれくらい出ているのか知らないが、おそらく少ないのではないかと思う。系譜としては、戦争や原爆などを描いた一連の児童文学に近いだろうか。だが、戦争児童文学が「かつてあったことを子どもたちに伝えよう」として書かれたものであるとすれば、本書は「今起きていることを伝えよう」として書かれたものといえばよいか。
だが、なぜ「今起きていること」を、同世代の子どもたちに伝えなければならないのか。それは、子どもたちさえ、同じ世代の、ひょっとすると同じクラスにいる子が置かれている状況をあまり知らないからなのだろう。親が一人しかいなかったり、服が汚れていたり、自由に使えるお小遣いがないことは、たいていの場合、子どもたちにとっては(本書で美貴のクラスメートがそうだったように)いじめと排除の理由にしかならない。子どもの7人に1人が貧困状態に置かれているとされているにもかかわらず、それ以外の子どもたちや、その子どもの親たちにとって、貧困とは遠い国の戦争ほどに縁遠い出来事なのだ。
だから、まずはこの本が書かれたこと自体に意義がある。映画の世界では『万引き家族』『わたしはダニエル・ブレイク』『パラサイト』など、貧困や格差を描いた作品が評価され、観客を集めるようになっているが、児童文学でもようやく、こんな一冊が登場したのだ。福祉の仕事に関わっている人間からすると、実はこの本の設定にはいろいろ気になるところはあるのだが(特に生活保護の扱いが安易で、スティグマを植えつけるような構図になっているのはひっかかる)、それを差し引いても、今の日本で「子どもの7人に1人」が置かれている状況の片鱗を知るための一助に、この児童文学はなるだろうと思う。