【1219冊目】斎藤美奈子『月夜にランタン』
- 作者: 斎藤美奈子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2010/11
- メディア: 単行本
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テーマを設けて関連本を読みまくり、その比較を通じて世相をあぶりだす一冊。「月夜にランタン」とは著者によれば「月夜に提灯」の現代版で(ランタンもいささか古いような気もするが)、ベストセラーが一冊出ると、われもわれもと類似本・関連本がどさどさ刊行される出版界のていたらくを皮肉ったものらしい。
言われてみれば、思い当たるフシは多い。脳本、お掃除本、ケータイ小説、勝間和代、品格本(『国家の品格』に始まる『○○の品格』と題した本の出版ラッシュ)……。まったく、いったい何冊の本がこうやって出版され、そして消えていったことか。そしてそうした本はたいてい、ベストセラーリストにはそれなりに名を連ねるわりに、まともな「書評」からは丁重に無視されている。だが著者はそこに切り込み、単に類似本を取り上げて良し悪しを評価するだけでなく、その裏にあるブームの本質や背景まで明らかにしてみせるのだ。
例えば、『国家の品格』に続く二匹目の大ドジョウ『女性の品格』については「平成の女大学」と喝破し、『おひとりさまの老後』にはじまる老後本に対しては「キャリアウーマン型非婚シングル」にしか使えないと文句をつけ、「掃除本」に対しては美化思想の危険性を警告し、脳科学に至ってはタイトルの「言葉巧みなノー科学」で勝負あった、という感じ。なんとなくうさんくささを感じていても、うまく言葉にできないこの手のブームやフィーバーを、著者は名コック、あるいは必殺仕事人ばりの鮮やかさで次々なで斬りにしていく。
一方、社会問題や政治の問題に、本を通じて切り込むのも忘れない。コチラはブームというより、それに先立つ社会現象があって、必然的に関連する本がたくさん出ているので、便乗本へのツッコミとは、さすがにおもむきが異なる。とはいっても、格差本のように粗製乱造が過ぎて結局は同じようなことになっているケースもあり、そのあたりはお目こぼしなく一刀両断されているのでご安心を。ここでは安倍内閣から菅内閣までが首相や関連政治家の著作を通して分析され、リーマン・ショックや社会格差の関連本が分析され、オバマブームや地球温暖化論争についてもページが割かれている。内容については省略するが、「本」を通じてここまでの分析と思考ができること自体、なんだか力づけられるものがあった。
もちろん、本書は本を通じてその分野を知るだけでなく、ある分野の「良書」「駄本」を知るにもうってつけだ。まぁ、本当は「駄本」もたまには読まにゃならんのだが、これだけ洪水のように本が出版されている中であるから、できるだけハズレは減らしたいのが正直な気持ち。特に、明らかにそれと分かるダメ本はともかく、ぱっと見は良さそうに見えて、しかもけっこう売れている本にそういうハズレ本がかなりの割合で混ざっているので、ごく限られた読書時間しか持てない私としては、そういう「地雷」はなるべく回避したいのである。
そこで著者の登場なのだ。なんといってもこの人の書評で気持ち良いのは、第一に良いものは良い、ダメなものはダメと、とにかく自身の判断力と読書力と常識感覚のみをよりどころに、果敢に白黒はっきり評価するところ。義理や人情や業界事情、あるいは自信のなさや権威への迎合で判断をゆがめたり濁したりするというゴマカシや妥協がいっさい感じられないのだ。
そして第二に、著者自身のバランス感覚が絶妙。右寄りも左寄りもなく、まあ団塊世代に対してはやや厳しめだが、他についてはえこひいきも毛嫌いもなく、実に「フェア」に評価している。立ち位置がしっかりしているから、そこから発せられる評価も、足腰のブレがない。売れているもの、評価されているものに対するコビもない。
だから、こういう本はたいへんありがたいのである。例えば、以前読んで途中で放り投げた三浦展『下流社会』『ファスト風土化する日本』、速水敏彦『他人を見下す若者たち』あたりは、本書を最初に読んでいれば、そもそも手に取らずに済んだだろう。
なお、自治体職員との絡みで言えば、本書には「官僚悪者論で得をするのは市民か、それとも政治家か」というパートもあり、そこでは著者は中川秀直『官僚国家の崩壊』、田中一昭『官僚亡国論』、長谷川幸洋『官僚との死闘七〇〇日』あたりをやり玉に挙げつつ、安易な公務員バッシングに警鐘を鳴らしている(今なら古賀茂明氏の本あたりも並べられそうだ。やや残念なのは、アンチ公務員系トンデモ本の代表格、若林亜紀大先生が取り上げられていないこと)。なお、別のパートになるのだが「地方の困難、知事の困惑」というタイトルの一節では、浅野史郎・北川正恭・橋本大二郎各氏の著作が取り上げられ(こちらはほとんど読んでいたので一安心)、地方自治の動向にも目が配られている。その内容も、地方自治の専門家の論評と比べても遜色のない、実に的を得たものになっており、本当にこの人はたいしたものだ、と感服した次第であった。