【1512冊目】佐藤優『交渉術』
- 作者: 佐藤優
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/01
- メディア: 単行本
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一見するとノウハウ本だが、中身は外務官僚時代の裏話。ところがその中に、ホンモノの「交渉術」のエッセンスが埋め込まれているという、なんともややこしい一冊。
とにかく著者の語る暴露話が抜群におもしろい。鈴木宗男の前でアルマジロのように丸まってしまった外務官僚とか、小渕総理が見せた孤独で淋しげな表情とか、米原万里から聞いた橋本総理のスキャンダル(なんと米原さん自身が迫られたんだとか)といった「内輪の」裏話から、対露外交のすさまじい情報戦やその中での微妙きわまりない交渉まで、普通では聞けないような「裏話」がギッシリ。陳腐な言い方だが、まあ世の中というのはやはり「表側」と「裏側」というものがあるのだなあ、と肌感覚で知ることができる。
特に国と国との交渉事は、一見すると無法地帯のジャングルに見えるが、実は一種の「裏ルール」「不文律」があるという。外交とはそうした目に見えないルールと、さらにはそうした「裏ルール化」さえできないような微妙きわまりない機微の中に成り立つスレスレのゲームなのだ。
「相手の内在的論理を読む」という言い方を、著者はよく使う。例えばロシアの政治家なら政治家、マフィアならマフィアなりに、それぞれ独自の行動原理というかロジックをもっている。しかもその「ロジック」には、感情や好み、欲望などが複雑に絡み合っている。
「相手以上に相手のことを知る」と著者は表現しているが、必要になるのはまさにそういうことなのだ。そこをどう利用するかが、そのまま交渉術の秘訣になってくる。とりわけ欲望という点に関して、著者は次のように書いている。
「人間には、さまざまな欲望がある。性欲、金銭欲、出世欲、名誉欲などさまざまな欲望がある。交渉術の研究を裏側から見るならば、欲望の研究である。相手の欲望にどのように付け込んで、こちら側に有利な状況をつくるかということだ」(p.447)
あえて擬悪的に書いているが、実際に本書では、金や酒、セックスなどが、国際間のやり取りの中でどのように「利用」されるかという具体例がかなり詳しく書かれている。ただ、実際にこれらを日常生活や仕事でそのまま利用することはあまりないだろう。
むしろ重要なのは、交渉だからといってあまりに欲得ずく、計算ずくの行為はかえってうまくいかないという指摘だ。もちろん周到な計算は誰もがしているのだが、巧妙な交渉者であればあるほど、それを表に出さない。むしろ長い目で見れば、損得抜きの信頼関係を築くことのほうが重要だという。「交渉術」などというタイトルにつられてこの手の本を手に取る人ほど、気をつけなければならないことであろう。
ロシアの元国務長官ブルブリスは、著者に「ほんとうの取り引きとは、取り引きということを相手に悟らせずに行うものだ」と言ったという(p.411)が、これこそ要諦中の要諦だ。国際関係とはいえ、最後は人間対人間の関係なのである。