自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1220冊目】三浦しをん『舟を編む』

舟を編む

舟を編む

辞書づくりの本を続けて読んだこのタイミングで、まさか辞書づくりをテーマにした小説が出るとは思わなんだ。

舞台は玄武書房という出版社。そこで新たな辞書「大渡海」の編纂に携わることになった人々の人間模様をユーモラスに描きつつ、新しい辞書が生まれるまでのプロセスをみごとに小説化している。辞書をまるごと一冊、世に送り出すことがどれほど大変なことかがよくわかる。

主人公の「まじめくん」こと馬締光也がおもしろい。髪はぼさぼさ、よれよれの背広を着て、人付き合いは苦手。趣味はエスカレーターに乗る人を眺めること。そんな「変人」が、言葉に対する鋭い感覚を買われて辞書編集部にスカウトされるところから、この小説は始まる。

そこにいるのは、辞書づくりを目の前に定年を迎えようとしているベテラン編集者の荒木、常に用例採集カードを持ち歩き、辞書づくりに人生を捧げる老学者の松本、チャラチャラしているが憎めない西岡など、なかなか個性的な面々だ。さらにそこに、馬締の「運命の女性」林香具矢が登場し、西岡の後任として、女性向けファッション誌の編集をやっていた岸辺という女性が登場。同時に辞書づくりもまさに佳境を迎え……といった具合に、物語はどんどん進んでいく。

後から考えてみればストーリーはやや一本調子だし、登場人物が個性的な割にあまりぶつかりあわないので、そのへんはちょっと食い足りないのだが、それでもキャラの立った登場人物とテンポの良い進行がうまくかみ合っていて、読み始めると止まらなくなる。辞書編纂という一見地味な仕事が、めっぽうカッコよく見えてくるのも不思議だ。そして何より、辞書というものに対する見る目が、この本を読むと確実に変わる。辞書とは何か。言葉とは何なのか。そんなことを考えさせてくれる小説は、めったにない。

ちなみに、いささかネタバレになるが、本書のカバーは文中に登場する「大渡海」のデザインである。オビはマンガ調で、持ち歩くにはちょっと恥ずかしいが(実は、カバーをはがすともっとすごいことになっている)、このデザインは文庫になっても活かしてほしいなあ。