自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【222冊目】アゴタ・クリストフ「悪童日記」

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

働き者だが吝嗇で悪辣な「おばあちゃん」に預けられた双子の物語。双子がつける日記の形式なのだが、この日記の文章が、事実を淡々と述べるばかりで、おそろしいほど乾いている。いっさいの感傷を拒否したそっけないばかりの言葉で、おばあちゃんによるひどい仕打ちや、やがて訪れる戦争の日々、連行される人々や略奪を受ける町の様子など、陰惨な光景が次から次へと描かれる。その光景にも慄然とするが、何よりこうした事態を体験し、綴っているのがまだ幼い子どもたちであるというところに、なんともいえない悲しみを感じた。幼いころに悲惨な体験をした子どもが感情を閉ざし、心を塞いでしまうことがあるというが、この淡々とした日記にはそれと似たようなものがあるような気がする。

しかし、この双子は単にその悲惨な状況の被害者としてじっとしているわけではない。そのあたりがこの小説の救いになっていると思うのだが、二人はとにかくしたたかでたくましく、何より自分たちだけの鋼鉄のような倫理観をもち、それに従って行動している。それは大人の基準からすれば、時には残酷であったり、驚くほど狡猾であったりするが、しかしその奥には一本筋が通っており、読んでいてそれほど不快には感じない。むしろそうやって独自の規律を自分たちで作ってそれに沿って振舞うことで、必死に自分たちを守ろうとしているように思える。本書のベースとなっているのは明らかに、ナチスドイツの支配下からソ連の支配下へと移行した戦時下のハンガリーなのだが、この小説は、そんな過酷な状況で生き抜こうとした子どもたちのサバイバル・ストーリーでもあるのだろう。日記という視点から、これまでのどの小説にもないやり方で子どもを描き、戦争を描き、人間を描いた傑作である。