hachiroetoの読書ノート

この世の片隅でこっそり書き続けています。一応自治体職員。仕事は福祉系。読書は雑食系。

【192冊目】中勘助「銀の匙」

銀の匙 (岩波文庫)

銀の匙 (岩波文庫)

著者自身の子供時代を描いた小説。大きな起伏はなく淡々と日常の描写が続いていくが、その分、日常のちょっとした出来事や心理の揺れ動きを、ひとつひとつすくいあげるように丁寧に描いている。特に、子供の頃ならではの心理描写がうまい。大人だったら大して気にしないような出来事でも、子供にとっては心を揺さぶられるような大事件であったりするものなのだ。それに、子供というのは(思い返してみれば)大人が考えているよりずっと鋭く世の中を見ているものだし、いろいろ感じて、考えているものなのである。

この小説がすごいのは、それを徹底して子供の目線から描ききっているところ。読んでいるうちに自分の子供時代を「思い出す」本は少なくないが、この本は、読むうちに子供時代に私自身が心の中に抱えていたもどかしさやせつなさ、哀しさや愉しさが、つまり当時の心象そのものがみずみずしくよみがえってくる。子供時代が懐かしくなる、ノスタルジックな珠玉の小説。