自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2726冊目】小野不由美『魔性の子』


新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン48冊目。


幼い頃に神隠しに遭った高里。彼が戻ってきてから、その周りでは奇妙な出来事が続いていた。高里をいじめたり、危害を加えようとする者は、なぜかケガをしたり、命を落としたりするのだ。そんな高里のいるクラスに教育実習生としてやってきた広瀬は、高里に共感し、彼を守ろうとするのだが・・・・・・


ホラーであって、学園ドラマであって、ファンタジーでもあるという、独特の味わいのある一冊でした。意図せず周囲に危害を加えてしまう高里の心情が切なく、そんな高里を守ろうとする広瀬の情熱に胸打たれます。


だんだん「祟り」がエスカレートする、その持って行き方が上手いですね。特に学校の屋上からの集団飛び降りのシーンは背筋が寒くなりました。「十二国記」は未読ですが、それでも十分に楽しめ、そして「十二国記」が読みたくなる一冊です。


「実はこの世の者ではない」「自分の居場所は別の世界にある」という高里の状況は、そのまま著者の想いではないかと感じました。少なくともかつての著者は、そんなことを切実に思い、願っていたのではないでしょうか。しかし、広瀬も直面したように、残念ながら私たちは現実の世界から逃れることはできません。すべての物語は、そんな切望と断念の末に生まれてくるのではないでしょうか。勝手な思い込みかもしれませんが、著者が物語作家となったルーツを、本書の広瀬と高里には感じました。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

【2725冊目】柚木麻子『BUTTER』



新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン47冊目。


男たちに取り入って財産を奪い、殺害したとされる獄中の梶井真奈子。その独占インタビューを実現しようとするが、次第に梶井に取り込まれていく里佳。その親友でかつては敏腕記者、今は専業主婦となった伶子。3人の女たちをめぐるドラマを描いた迫真の一冊です。


著者の本を読むのは本書が初めてでしたが、もっとライトな作風というイメージがあったので、こんな迫力のある小説とは思いませんでした。特に女性読者にとっては、三人の女性を通じて、自身の生き方を根底から問い直すような作品になっているのではないでしょうか。一方、男性の登場人物はいささか薄く、「女性から見た男性」にとどまってしまっているのは否めません。男性作家が描く女性も、逆の立場からはそう見えているのでしょうね。


そして、本書に別の意味でのリアルさを与えているのは、料理の描写です。ロブションの最高級フランス料理や料理教室で作る豪華な料理から、夜中に食べるバターラーメンや落ち込んだときのホットケーキ、さらにはバター醤油かけご飯やたらこパスタまで、とにかくどれも美味しそう! 本書は「食べる」ことが大きなテーマとなっていますが、読むだけでお腹が空く一冊でもあります。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

【2724冊目】フョードル・ドストエフスキー『罪と罰』


新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン46冊目。


何度読んだかわからない。そして、読むたびに新しい発見と感動がある。名作とはまさにこういうものだと思う。


頭でっかちで神経質なラスコーリニコフと、アル中の父と子だくさんの貧しい家族のため身を売る「絶対聖女」ソーニャ。この二人を両極として、登場するすべての人物が強烈で、個性的で、しかもある種の典型となっている。


ルージンの俗物ぶりや、陽気な好人物ラズミーヒンなども忘れがたいが、今回印象的だったのは、冒頭近くに出てくるソーニャの父マルメラードフの「典型的なアルコール依存症ぶり」だ。家の金を飲み尽くし、娘がそのために身を売るという悲惨な状況にあって、だからこそさらに飲まざるを得ないというその状況は、なぜそんなことをドストエフスキーは知っているのだろう、と思ってしまうほどに、実は典型的なアルコール依存症者とその家族の姿なのだ。


そして、今回読んで感じ入ったのは、「倒叙型ミステリ」としての本書の出来の良さである。特に、頭の中で組み立てた完全犯罪と現実の犯罪の落差と、周囲のわずかな言動から心理的に追い詰められるラスコーリニコフの心理描写のリアリティはものすごい。そういえば『カラマーゾフの兄弟』は、未完ながら父フョードルの殺人事件をめぐるフーダニット型ミステリでもあった。実はドストエフスキーは、ミステリの達人でもあったのだ。


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【2723冊目】ウィリアム・シェイクスピア『ハムレット』


新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン45冊目。


父王の亡霊が登場する冒頭のシーンから、いくつもの死体が転がる壮絶なラストまで、圧倒的な密度と緊張感に満ちた復讐譚。シェイクスピア悲劇の最高傑作のひとつであります、


佯狂、という言葉があります。狂人のふりをすることですが、本書のハムレットは、まさにこの佯狂に見えます。でも、読んでいくうちに、だんだんわからなくなってくるのですね。実はハムレットは、本当に狂っているのではないか? 復讐のため、狂うふりをしているうちに、実際に狂気に取り憑かれてしまったのではないか? と。


それほどまでに、ハムレットの言動は異様です。しかし、その言動が予想外の悲劇を次々に引き起こし、ハムレット自身をも巻き込んでいくところに、シェイクスピア作劇術の真骨頂があるのではないでしょうか。


それにしても、読むたびに思うのですが、この復讐は本当に成功だったのでしょうか。どうもハムレットは、あせりのあまり感情に身を任せ、自滅したようにしか思えません。まあ、だからこその悲劇、ということなのでしょうが、そのために結局は、ハムレット父子はデンマークの王権そのものを失うことになってしまうのですから。亡霊となった父王は、こんな結果を本当に望んでいたのでしょうか。


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【2722冊目】杉浦日向子『一日江戸人』


新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン44冊目。


漫画家にして江戸文化案内人の著者による、イラスト付き「江戸ガイド」。江戸人たちの生活事情をリアルに解説し、居ながらにして江戸の生活を感じられる一冊だ。取り上げられているトピックはファッション、食べ物、長屋の間取り、ナンパの仕方から遊び方まで多種多様。


なんとも羨ましいのが、江戸人の仕事ぶり。江戸の庶民の多くは「月の半分」も働けば家族を養うことができたという。しかも、お金に困れば外に出て「米つこうか、薪割ろか、風呂焚こうか」と呼ばわれば、すぐにバイトにありつけたそうである。


「食」では、有名な「豆腐百珍」などのレシピも興味深いが、おもしろいのは「大食会」という大食いイベント。なんと「酒一斗九升五合、せんべい二百枚、飯六十八杯」という記録も残っているらしく、まさに現代の爆食い番組の先駆けだ。


風俗では、ナンパや吉原遊びに加えて「春画」が二章にわたって取り上げられており、その奥深さを堪能できる。だいたい当時は、北斎も京伝も、名の知れた画家や作家の多くが春画や春本を手がけており、みんな分け隔てなく楽しんでいたのだ。う〜ん、なんとも健全。江戸時代、いい時代である。


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