自治体職員の読書ノート

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【2240冊目】吉村昭『死顔』

 

死顔 (新潮文庫)

死顔 (新潮文庫)

 

 
吉村昭、晩年の作品集。「ひとすじの煙」「二人」「山茶花」「クレイスロック号遭難」「死顔」の5篇を収める。

遺作という「死顔」は、次兄の死を扱った作品という点では「二人」と同じ。出てくるエピソードも同じものが多く、まるで「死顔」は「二人」のリライトのようだ。違うのは、次兄の浮気相手という女が「二人」では出てくるが、「死顔」には出てこないというところ。いったい吉村昭はどんなつもりで、同じ出来事をもとに二種類の作品を世に出そうと思ったのだろうか。

ぞわりとしたのは、やはり死の年に書かれた「山茶花」だ。朴訥な保護司を主人公に、介護殺人で夫を殺した老女との交流を描くのだが、この光代という女性の、なんというか釈然としない存在感のような、何かの塊がノドにひっかかった感じというか。イヤミス、というほど露骨ではないが、かえってちょっとした「つやつやとした顔色」とか「普段は地味な服装がおしゃれになった感じ」などが気になってしょうがない。だがそんな光代も、夫の絞殺を思い出すのか、手ぬぐいやタオルは使うことができないのである。

「クレイスロック号遭難」は、吉村昭らしい歴史モノ。明治の不平等条約改正運動に重ね合わせてロシアの船の遭難騒動を描く。忘れがたいのはラストの、不平等条約改正のわずか半年後に日清戦争を起こす日本という国のありようだ。条約改正に向けて外国の好印象を得ようと、船の捜索に全力を挙げた政府は、果たして日清戦争を起こした政府と同じなのであろうか。