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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2224冊目】上野千鶴子『老いる準備』

 

老いる準備 介護することされること (朝日文庫)

老いる準備 介護することされること (朝日文庫)

 

 

「強さを価値として持てば持つほど、自分がその能力を失っていくことに耐えられなくなる。価値と現実とのギャップが広がる。あたりまえだろう。それだったら、はじめから自分の弱さに居直って生きていく道はないだろうかというのが、わたしのフェミニズムの出発点だった」(p.20)

 



「なぜ、女のやる仕事、産み・育て・看とるという生命に関わる仕事が不払い労働(タダ働き)なのか。なぜ、女のやる仕事は限りなくタダに近いと評価されるのか。それが、母の人生を見てきたわたしの出発点だった。介護保険は、わたしが専門にしてきた不払い労働論という学問の、二〇年におよぶ成果を生かすことのできる試金石となった。ようやく、女のタダ働きが食える労働に変わるかという、歴史的な実験にのりだせる機会が訪れたのである」(p.200-201)

 
いくつかの講演内容や論考を集めた一冊なのだが、その中で「上野千鶴子の関心は、なぜフェミニズムから(あるいは、それと並行して)福祉に向かったのか」という問いに答えるとすれば、上の2つの引用がその回答になるのではないか。

女性問題と老人問題は似ている、という指摘も本書にはあったが、確かに、両者は共通するところが多い。それはなぜかといえば、現代の人間観、社会観の「主流」が、非・高齢者である成人男性にあるからだろう(そういえば、「子ども」が抱える問題も、女性や高齢者とよく似ている)。

弱さを引き受け、その上で自立した生活を目指す。その先駆者だったのが、障害者運動だったというのが興味深い。誰にも頼らない「自立」ではなく、堂々と他者に頼りつつ、自分のやりたいことをやる。障害者の自立生活運動から、著者はそのことを学んだという。

一方、著者の視点は介護を供給する側にも向けられる。「公」でも「民」でもない「協」の団体として著者がワーカーズ・コープを挙げるのは『ケアの社会学』でも見られたことであるが、NPOも含めたこの中間領域をどのように育てていくのかという課題は、今も解決されていないままである。一方、「公」を担う社会福祉協議会、さらには行政職員に対しては、非常に厳しい言葉が並ぶ。著者は、これからの行政職員は定型的なサービスはアウトソーシングし、地域の市民活動や市民事業をつなぐネットワーカーに特化すべきであるという。少し長いが、最後に引用しておく。自治体職員各位におかれては、叱られているつもりで読みましょう。

「これからの行政の職員に求められる資質は、市民のニーズがどこにあって、何と何をどう組み合わせればどのような資源、つまりヒトと活動と情報がどこにあって、何と何をどう組み合わせればどのように新しい事業展開が可能か、ということを見抜く見識であり、それらを結びつける能力であろう。そのためには、行政職員が市民とのネットワークをもっていなければならない。一日中、九時から五時まで机に座ったままの行政の職員なんてもういらない。デスクワークや定型的業務もアウトソーシングすればよい。勤務時間の半分は外に出ていてほしいし、いつでも外に出られるように、行政の、とくに女子職員の、あの制服なんてものは、ただちにやめてほしい。役所に来るとサンダルに履き替えるのもやめてほしい。制服とサンダルを見ると、すぐに外に出るという姿勢がまずないことが、ただちにわかってしまう。もうデスクワークだけで行政ができる時代じゃない。市民との連携のなかでキーパーソンの役割を果たさないと、職員の存在意義はないだろう」(p.212-213)

 
書籍のタイトルからは想像もつかない広がりと深さの、上野千鶴子式・ケア論の入門書。ただし、激辛。