自治体職員の読書ノート

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【2156冊目】稲垣足穂『ヰタ・マキニカリス』

 

 

タルホの文芸は、タルホにしか書けない。一行目から、それがどこにもない世界であることが伝わってくる。本書に収められているどの短編も、どれをとってもタルホの刻印が押されている。それは文章という名の刻印なのだ。

「ガス燈と倉庫のあいだを抜けた私が、同時に、くるくるとレンガ塀のおもてを走った自分の影法師を見た時、シュッ! と小さなほうきぼしが頭の上をかすめて、プラタナスの梢にひッかかったのです」(「緑色の円筒」より)

 



こんぺいとうのお星様に、ブリキの屋根とキネオラマのお月様。科学の精神がそのままに幻想的な世界観に宿っている。それは雲母のように薄い街なのだ。薄板界という世界なのだ。

「ぼくが考察するに、この世界は無数の薄板の重なりによって構成されている。それらはきわめて薄く、だから、薄板面にたいして直角に進む者には見えないけど、横を向いたら見える。しかしその確度は非常に微妙な点に限定されているから、よこの方を見たというだけでは、薄板の存在をたしかめることはできない。そして現実はわれわれが知っているとおり、何の奇もないものであるが、薄板界はいわば夢の世界であって、いったんその中へ入りこむならどんなことでも行われ得る」(「タルホと虚空」より)

 



そして本書には、タルホの飛行機フェチぶりと機械感覚に満ちた作品もいくつか入っている。なんといってもタイトルの「マキニカリス」とは「マシーン、機械、からくりつまり宇宙博覧会の機会館」なのである。もちろんここでいう飛行機とはジャンボジェットなどではなく、昔ながらの複葉機。そのロマンティシズムは、どこかサンテグジュペリを思わせる。

なんともすばらしい、折に触れて読み返した一冊。