【2157冊目】長谷部恭男『憲法学のフロンティア』
「憲法」という言葉がタイトルに出てくる本といえば、法学者による解説書か、護憲もしくは改憲どちらかに染まったイデオロギー本がほとんどで、一般読者が読んで面白い本はそれほど多くない。本書はその、数少ない「素人が読んでも面白い」憲法の本である。ただし、決して「簡単な」本ではない。それなりに自分で論理を組み立てながら読んでいかないとあっという間に置いていかれるので、ご注意を。
判例や学説の羅列ではなく、生きた素材を扱いながら「憲法的な見方」を深めていくように書かれているのが良い。多チャンネル時代の「放送の自由」を論じた第8章などは、スカパーやWOWOWが広まりだした時代の雰囲気を映していて興味深い(ネットフリックスやAbemaTVのある現代は、また違った議論が必要になるのかもしれないが)。インターネット時代の通信規制を考えた第9章も、今でも十分通用する議論だと思われる。
そして、本文以上に面白い(失礼)のが、各章の終わりに挿入されている「プロムナード」と題したエッセイだ。こういう文章が書けるのは、よほどうがった(あるいは、ひねくれた)ものの見方と、それをウィットにくるんで展開する文章力の持ち主だけである。そのあたりの雰囲気がわかるフレーズを、いくつか引用してみよう。
「カラオケを歌うかりそめの同胞集団にコミットすることは、その同胞集団とこの世の不条理性という奥義を共に分かち合う能力をコミットする人に与える」
「多くの法令の役割は、どれでもよいがとにかくどれかに決まっていてくれなければ皆が困ることについてどれかに決めてくれることにある」
「「東京大学」など聞いたこともないという人からすれば、「東大教授」たる筆者の講義も妙な中年男が妙齢の男女を相手に妙な話をしているように見えるだけであろう」