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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2046冊目】オリヴァー・サックス『火星の人類学者』

人類・人間・人生

 

火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)

火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)

 

 
本書は、単なる「病気」や「障害」を書いた本ではない。さまざまな症状や特徴をもちながら生きている、一人の「人間」についての本である。

登場する人々は、確かにあまり「ふつう」ではない。画家でありながら全色盲になってしまったI氏、視力と同時に「過去」や「未来」の感覚も失ったグレッグ、チックや奇妙な動作が出てしまうトゥレット症候群をもちながら医師として成功しているベネット、40年ぶりに視力を回復したがために苦労と辛酸を味わったヴァージル、幼少期を過ごしたポンティトの街並みを写真のように鮮やかに思い出し、絵に描いたフランコ自閉症であって桁外れの絵の才能をもつスティーヴン、そして自閉症界のスターともいえるテンプル・グランディン。

彼らについての文章を読んでいると、そもそも「障害をもつ」という表現自体、今のままでよいのだろうかという気になってくる。外部からは「障害」とみられるさまざまな特徴は、その人の不可分な一部なのだ。テンプル・グランディンは次のように言っている。

「もし、ぱちりと指をならしたら自閉症が消えるとしても、わたしはそうはしないでしょう――なぜなら、そうしたら、わたしがわたしでなくなってしまうからです。自閉症はわたしの一部なのです」

このことを裏側から描いているのが、視力を回復したヴァージルだろう。40年ぶりに「見える」ようになったヴァージルを襲ったのは「見えるけど見えない」という状況だった。ものを識別できず、距離もわからず、動きも色もわからない。見えなかったときにできていたことがかえってできなくなる。結局、ヴァージルにとっての救いとなったのは、二度目の視力喪失だった。ヴァージルにとっては「見えない」ということが自分の一部だったのである。