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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1936冊目】ダン・アリエリー『ずる』

 

ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

人はなぜ「ずる」をするのか。

どうして人は、経費をちょろまかし、釣銭をごまかし、仮病を使い、カンニングをするのか。本書はそのことをさまざまな角度から解き明かし、自分の経験を織り交ぜて硬軟自在に語った一冊だ。

経済学における従来の見方は、こうだ。「ずるをすることで得られる利益」と「バレる確率」「バレた場合のペナルティ」の2つを天秤にかけて、利益のほうが「バレる確率」×「バレた場合のペナルティ(罰金が課されるとか、評判が落ちるとか)」を上回れば、人は「ずる」をする。「合理的人間像」というヤツである。

この公式に従えば、「バレる確率」「バレた場合のペナルティ」が同じなら、「ずる」によって得られる利益が増えれば増えるほど、人は「ずる」をするはずだ。ところが著者は、実験によってその予想を否定する。

何問か(例えば10問)のクイズをやらせて、結果を自己採点させ、正答数に応じて報酬を払うというテストをやったとする。自己採点の結果をチェックできないようにして、学生たちにこのクイズをやってもらうと、一定の割合で正答数を水増しする(例えば、10問中5問しか正答していないのに、7問正答したと申告する)ヤカラが出てくる。まあ、ここまでは予想の範囲内だ。

ここで、正解した場合の報酬額を極端に釣り上げるとどうなるか。なんと、「正答の上乗せ」が行われた(つまり「ずる」があった)割合は、かえって低下したのだ。ということは、人間が「ずる」をするメカニズムには、利益とリスクの損益分岐点以外の要因があるに違いない。

著者が明らかにした要因は、こうだ。人間には、誰しもさまざまな動機づけが複合的に組み合わさった中で行動する。「ごまかしてでも利益を得たい(儲けたい)」というのも、言うまでもなく動機のひとつだ。しかし著者は、それ以外に「自分を正直で立派な人間だと思いたい、自分に満足したい」という動機があるという。この2つの動機がせめぎ合う中に、人が「ずる」をしようと思うかどうかを決める分水嶺があるらしいのだ。

だから、例えばさっきのクイズで、報酬を現金ではなくトークン(代用硬貨)にすると、不正の数はかえって増える。確定申告書を書かせる際には、最初に不正申告を行わない旨を署名させるほうが、記入後に署名させるより不正申告が減る、というのも同じ理屈だ。自分が倫理的な人間であることを宣言した後では、ずるやごまかしは減少するのである。

本書にはこの手のユニークで工夫をこらした実験がいろいろ登場する。おもしろいのは、偽ブランドを(ニセモノだと知った上で)持っていると、ずるや不正が増えるという実験結果だ。どうやら人は、身につけているものや地位の高さなどによって自己イメージが変わり、その自己イメージにそぐわない行動を取らなくなるらしいのである。ダイエット中に誘惑に負けてお菓子を口にしてしまった人が、一挙にダイエットに挫折してしまうメカニズムも、これと同様だ(これを著者は「どうにでもなれ」効果と呼ぶ)。いったん規範を破ってしまうと、その後は「自分の行動を抑えようという努力をずっと放棄しやすくなる」のである。

世の中の損失というのは、どうやらそうした「大多数の人たちのちょっとした不正」の積み重ねによって起きているらしい。書店での万引き、確定申告での不正申告、経費の上乗せ請求……(もちろん「みんながやっているから」というのも不正の立派な要因であり、言い訳だ)。

そしてそれは、ほんのちょっとした工夫で、こうした「プチ不正」を減らすことができることも意味している。単に罰則や監視を強化するよりも、ローコストで効果的なやり方がいろいろあるのである。その「秘策」については、ぜひ本書を手に取られたい。ヒントは言うまでもなく、「その人の自己イメージに働きかけること」である。