自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1461冊目】松下幸之助『社員稼業』

社員稼業―仕事のコツ・人生の味 (PHP文庫)

社員稼業―仕事のコツ・人生の味 (PHP文庫)

タイトルの「社員稼業」という言葉に惹かれて、手に取った。

その意味は本書の最初のほうに書かれているが、要するに安易なサラリーマン根性をもつな、むしろ自分を会社の中の独立経営体として考えろ、自営業を営んでいるつもりで創意工夫を尽くせ、ということだ。そしてまた、上司も同僚もお客と考え、その創意工夫を売り込め、ということでもあるという。

これぞ、現代のサラリーマンにこそ必要なコトバであろう。ただこれは、単に自分の「市場価値」を増やせとか、英語やPCのスキルを磨いて自分の値段を上げろ、とか、そういうケチな料簡から出た発想ではない。むしろ生涯を尽くす会社だからこそ、そこで自分の生きがいを見いだすために「社員稼業」という心構えを持つべきである、といったような意味合いをもっている。

まあ、このあたりは終身雇用制にまだリアリティのあった時代ならではの発想かもしれない。著者がその基礎を築き上げたパナソニックも含めて、大企業が軒並みリストラと派遣社員「活用」を当たり前とし、社員が失業の恐怖に戦々恐々として過重労働と「英語」「資格」などの自己ブランド向上に血道を上げている現状では、著者の発想は古き良き時代のおとぎ話めいた印象さえある。

とはいえ、それは本書の元になった新入社員向けの講演が昭和30年代に行われたことを考えれば、やむを得ないタイムラグというべきだろう。むしろそれから50年を経て、一経営者の言葉がこれほど普遍性をもっていることのほうに驚くべきであるように思われる。

例えば著者は、自分の意志によってなんでもできると考えるな、と指摘する。「自己実現」なんて言葉が好きな方々はぜひお聞きいただきたいのだが、それよりも自分の持って生まれた運命に素直に従うことが大切である、と著者は言うのである。

「ある一つの運命を抱いて、その運命に素直に従う、そこに喜びと安心が感じられる。そして次には、ほんとうの意味の生きがいというものが湧いてくるのではないかと思うのです。これでいいのだ、これで結構なんだというようなあきらめと申しますか、そういう考えが湧いてくると思います」(p.37〜38)

利害にこだわらない、ということも著者は重視する。会社の経営者が新入社員に向かって「利害にこだわるな」とは妙な感じもするが、これこそが松下幸之助の凄みであり、儲け主義一辺倒の最近の経営者とはまったく違うところなのだ。

それはまた、先ほどの「素直に運命に従う」というテーゼにも通じるところである。儲けよう、利益を上げようとすると目が曇る。曇ると素直な心で物事が見られなくなる。すると本質が見えなくなり、自分と会社をめぐる運命に逆らうことになってしまう。

でも儲けようと思わずどうやって利益を上げるのか。著者は言う。「利害にとらわれないというけれども、おまえは金を儲けているじゃないかといわれるかもしれませんが、あれは自然に儲かるのです。金というのは、儲けようと思って儲かるものではないのです。いちばん儲けようと思ってやるのはドロボーです。これは儲けようと思っても儲からないのです」(p.189)

まあこのあたりは古き良き高度成長期ゆえのセリフなのかもしれないが、それにしたって、これはもはや悟りの境地であろう。すでに経営を超越している。だいたい松下幸之助は、本書でも出てくるが「会社は社会の公器」という名言を吐いた経営者である。

「会社が単に会社のためにのみ利益をあげるということは、公の機関としての立場からいくと、許されないことです。会社の利益をあげることも大事ですが、それは公の機関であるということを前提として許されるのです」(p.67〜68)

これはドラッカーの考え方と同じである。だが、その言葉を発したのが日本有数の大企業、松下電器の創業者であるところに、比類のない重みがある。これと比べて今のパナソニックがどうこうと言ってもしょうがないのだが、やはりこれは日本の企業文化にとってひとつの原点というべきだろう。いまさらそこに戻ることはできないのかもしれないが、これ以上の「迷走」をしないためにも、これは今こそ思い出すべき言葉であるように思われる。