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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1840冊目】高野秀行『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』

国家・市場・労働

 

謎の独立国家ソマリランド

謎の独立国家ソマリランド

 

 

これほど評判になり、面白いといろんなところで太鼓判を押されている本を紹介するのも、なんだか今さらという感じだ。しかも、ここでまた「面白い」とホメるのもちょっと悔しいんだが、実際面白いんだからしょうがない。

近年のノンフィクション屈指の傑作である。ソマリランドという、ほとんどの日本人が知らない「謎の独立国家」を取材した着眼、気になったところは徹底的に掘り下げて調べ抜くリサーチ力、「隣国」のプントランドや「リアル北斗の拳」状態のモガディショまで踏み込んで比較する行動力、いずれも圧巻だ。

借りものの知識や思い込みに頼らず、自分が目にしたもの、耳にしたものを組み立て、仕立てているから、文章が活きている。氏族社会を日本の藤原氏や源氏・平家、戦国武将に例え、ソマリランドを「ラピュタ」、南部ソマリアを「北斗の拳」になぞらえるセンスもおもしろい。それだけで見事に、楽園のような光景と、荒れ果てた廃墟のイメージが立ち上がってくる。

既成概念に寄りかかっていないから、ものすごい逆説的な状況が次々と出てくる。ソマリランドという平和な民主国家が「崩壊国家」状態のソマリアに存在するというだけでも意外だが、読み始めるとどのページも意外な驚きのオンパレード。しかもそのひとつひとつが考えてみればむしろもっともなことばかりで、かえって日本も含む西欧民主主義の矛盾と限界を突きつけてくる。

例えば、なぜソマリランドは戦乱を終わらせ、平和な民主国家に移行できたか。これまでは「長老たちの話し合いで解決した」と説明されてきたが、著者はそれでは納得しない。そんなうまい話があるわけがないし、なぜ南部ソマリアにはそれができず、ソマリランドにはできたのかがわからない。

著者はそのあたりの事情をいろいろ聞く中で、ソマリ人の伝統的な掟(ヘール)に基づく精算(ヘサーブ)が行われたのではないか、ということに気付く。ヘサーブにおいては、原因や正義のありかは一切問わず、被害状況という事実関係だけで賠償内容を決めていく。そのやり方を戦後処理にも適用したため、「情緒ではなく計算」でカタがついたというのだ。

南部ソマリアでこれができなかった理由は、ソマリランドが旧イギリス領だったのに対して、南部は旧イタリア領の植民地だったことによる、という分析も秀逸だ。イギリスは長老や氏族の力を利用した間接統治だったため、氏族社会のシステムがそのまま残った。一方、イタリアは氏族の仕組みを壊し、しかもイタリア人の移民を一万人以上も送り込んできたため、社会の様相が変わってしまったのだ。だから伝統的な解決法が機能しなかったというのである。

これだけでもいろんなことを考えさせられるが、さらに目からウロコを落とされたのは「もうひとつの理由」のほうだ。なんと「ソマリランド人は戦争が好き」だからこそ、和平を結ぶことができたのだという。

著者もさすがに、これには「南部の人たちが(戦争が)好きなんでしょ?」と聞きなおしたらしいが、確かに「戦争が好きだから和平が成った」というのは妙に思える。だが実際は、ソマリランド人は戦争好きだからこそ、戦争のやめ方も熟知している。南部の人々は戦争慣れしておらず、だからこそ戦争のやめ方もわからないのだというのである。

う~ん。これもまた考えさせられる。だったら戦争放棄している日本はどうなるんだろう……ということは置いておくとしても、実際、著者が描写するソマリランドの人々は、「平和な民主国家の国民」というイメージには程遠い。とにかく全員が超個人主義的なバリバリの遊牧民で、自己主張が強く、思ったことはすぐ口に出し、行動は「超速」で、しかもカネ至上主義。むしろ「戦国」モガディショの人々のほうが、都会だけあって人の話は良く聞くし紳士的だ。だがそのモガディショは、護衛なしでは危なくて外出さえままならない状態なのである。

ほかにも「国際社会から独立を認められていない今の状態が一番いい」とか「プントランドの海賊業は漁民たちの「拉致文化」に基づいている」とか「ソマリランドの「氏族民主主義」が西欧や日本の民主主義システムよりよくできているのではないか」とか……まあとにかく、読んだ端から全部紹介したくなるほど面白いネタ満載で、読み終わった瞬間から、オビにあるように「西欧民主主義、敗れたり!」と叫びたくなること請け合いなので、未読の方はゼッタイに読むことを薦めたい。なお手に取るとその分厚さにちょっとビビるが、読み始めると「いつまでも読み終わりたくなくなる」ことも保証するので、ご心配なく。ウソだと思ったらとりあえず「WEB本の雑誌」のウェブサイトに飛んで、冒頭部分が読めるようになっているので読んでみるといい。必ずや、続きを読みたくなって本屋に駆け込むことになりますがね。