自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【887冊目】ジョン・グレイ『アル・カーイダと西欧』

アル・カーイダと西欧―打ち砕かれた「西欧的近代化への野望」

アル・カーイダと西欧―打ち砕かれた「西欧的近代化への野望」

以前読んだ『わらの犬』の著者による、今度はアル・カーイダグローバリズムに関する本。著者の専門領域であるグローバリズム関係に近い分、濃密で集中的な議論が展開されている。

歴史を直線的な進歩の過程と捉える「明日は昨日よりまし」という思想。科学技術の発展が、資源の希少化などの問題を帳消しにしてくれるだろう、という考え方。その問題点を著者は容赦なく指摘するとともに、ソビエト体制やナチズムイスラム急進主義の思想的背景に、なんとこうした近代西欧的思想を見出す。それは、歴史というものを「まだ見ぬ理想的な状態に至るまでの過程」と捉え、「人間は人為的にそうした状態に至ることができる」と信じるものの見方である。こうした考え方は得てして「理想的な状態に至るためには、少々の人的犠牲はやむを得ない」という危険きわまりない発想につながる。スターリン毛沢東の下で行われた何百万人もの人々の虐殺は、こうした理屈によって正当化された(ちなみに、ナチズムについてはちょっと違う。ナチス・ドイツのユダヤ人絶滅計画は、「理想達成に伴うやむを得ない犠牲」ではなく「達成すべき理想そのもの」であったのだから)。

そして、アル・カーイダである。本書は、イスラムの旧世界的な価値観を代表すると考えられがちな彼らが、実は西欧モダニズム、とりわけグローバリズムの申し子であることを明らかにする。フラットなネットワーク型組織。高度な通信技術。マスメディアの効果的な使い方。彼らは犯罪で得た膨大な資金を第三国に集結させ、本拠地をもたず世界中でテロを決行することができる。資本と人間の国際移動がグローバル資本主義の発展によってこれほど容易になっていなければ、彼らの活動ははたして可能だったろうか。価値観そのものについても、世界を人為的に改変するというイスラム急進主義の思想そのものは古典的なイスラム思想には見られず、むしろ近代西欧思想、とりわけジャコバン以来のアナーキズムの影響がみられるという。

また、グローバリズムについては、普遍的な市場主義であるかのように喧伝されてはいるものの、その実質はアメリカ文化に根付いた「アメリカ特有の資本主義形態」であるとする。そして、資本主義はその国や地域の社会や民族、信仰などの中に「埋め込まれている」ものであり、本来きわめて多様なものであるはずなのに、ネオリベラリストたちはこぞってグローバル資本主義を受け入れよ、という。それは実は、民主主義や自由主義の押し付けと同様の能天気なアメリカ中心主義のあらわれにすぎず、どんな国にでも民主主義や自由主義グローバリズムがうまく根付くと考えているのは、「人はみな一皮むけばアメリカ人」と信じているアメリカ人(や、日本の「進歩的評論家」などの準アメリカ人)だけなのである。