自治体職員の読書ノート

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【1778冊目】江國香織『きらきらひかる』

きらきらひかる (新潮文庫)

きらきらひかる (新潮文庫)

読みそびれていた一冊。つい最近の小説かと思っていたら、単行本の刊行が平成3年というから、20年以上前の小説なんですねえ。ちょっとびっくり。

でも、文庫本の裏表紙にある紹介文の「笑子はアル中、睦月はホモ」なんて表現は、やはり時代を感じる。ちなみにウィキペディアを見たら「アルコール依存症気味の妻と同性愛者の夫、そして夫の恋人とをめぐる3人の奇妙な三角関係……」なんて書かれていた。なるほど、「アルコール依存症気味」ねえ。

もっともこの紹介文については、「奇妙な三角関係」という表現がちょっと気になる。同性愛者の夫の「恋人」である紺のことを言っているのだろうが、「三角関係」だとしても、その形はずいぶんイビツなもの。もちろん紺も大事な登場人物だし、二人の生活に深くかかわってくるが、焦点があたっているのは、あくまで「笑子」と「睦月」の夫婦関係だ。

夫婦なんだから、一方が同性しか愛することができず、一方が「アルコール依存症気味」で鬱症状があって情緒不安定でも、二人がそれでよければそれでいいじゃないか……なんて、たぶん独身の時に読んでいたらそう思って終わりだっただろう。だが自分が結婚してから読んでみると、そんなカンタンな問題じゃないことは実感レベルでわかる。

問題は外にも内にもある。「外」の最たるものは家族、特に双方の両親だ。本書には、睦月が同性愛者と分かった笑子の両親が、睦月の両親も呼んで「親族会議」をひらくシーンが出てくるが、彼らにとって結婚は到底「ふたりがよければそれでいい」というモノじゃないのだ。同性愛者を「おとこおんな」と罵倒する笑子の父や、「精神病っていったらあなた、遺伝するかもしれないんですよ」といきりたつ睦月の母のような「常識的な人々」は、決して20年前だけの存在ではない。

一方、「内」の問題は、二人自身がこれでよいのか、これでよかったのかと、つねに揺れ続け、お互いに問いかけ、傷つけあってしまうことだ。情緒不安定ですぐに落ち込んだり激昂したりする笑子は、二人にとって常に不安定要因だ。一方の睦月は、やさしくておとなしい人柄ながら、だからこそ笑子を深く傷つけてしまったりする。

たしかにこの二人のような「ホモとアル中」の組み合わせの夫婦は、それほど多くないだろう。だが完璧に「標準的な」夫婦など、どこにもいるわけがない。多かれ少なかれ、わたしたちはどこかに偏りやひずみをもち、ぶかっこうな鍵と鍵穴のように、お互いをお互いにあわせようと四苦八苦しているのだ。

その意味で、どんな夫婦もある一面では「笑子」であり「睦月」なのだ。しかもそれは、お互いに「標準的」「常識的」であろうと思って押し込めたり、隠したり、お互いに否定し合っている部分について言えるのである。

だからたぶん、わたしたちはこの小説を読んで、安心し、ほっとするのだ。夫婦ってこれでいいのよ、と認められたような気がして。不完全で、ぶかっこうで、それでいいのよ、と。その意味でこれは、既婚者向けの小説。それも新婚じゃなく、何年か経っていろいろ疑問や不安が出てきた頃に、読むとよい。