自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1777冊目】御厨貴『知の格闘』

知の格闘: 掟破りの政治学講義 (ちくま新書)

知の格闘: 掟破りの政治学講義 (ちくま新書)

著者の「最終講義」をまとめた一冊。読みましたよ〜、id:kei-zuさん。

最終講義といっても、普通想像されるような、老教授が自分の学者人生と業績を淡々と語り、若い人に希望を託す……みたいな「枯れた」モノではない。全6講、毎回ゲストを呼んで、自分の講義に対する「ツッコミ」を入れさせ、さらにそれに答えながら会場からの質問も受け付けるという「乱取り稽古」なのである。

そのため活字になったものを読んでもテンションが高く、まったく飽きさせない。ゲストのツッコミはややおとなしいが、それでもけっこう鋭い指摘も見受けられ、さらに著者の「答え」がまた絶妙なのだ。

第1講の主題は、著者が得意とする「オーラル・ヒストリー」。技術革新が進み、誰でもオーラル・ヒストリーをやれるようになった半面「質より量になりつつある」と危惧する著者に対して、ゲストの牧原出は、著者の磨き抜かれたオーラル・ヒストリーの白眉が震災復興会議提言の序文であると持ちあげる。それに答えてさらに語られる余談では、小泉元総理に会食に招かれて行ったら最初から最後までドラキュラとカニバリズムの話しかしようとしなかった、というのが面白い。

第2講のテーマは公共政策。日本の公文書の残し方が不十分である理由を「書類をたくさん燃やした敗戦の後遺症ではないか」という指摘が興味深かった。ゲストの飯尾潤氏は、著者にとって本当の興味の対象は「「政策の中身」自体ではなく「政策をめぐる政治の場」だけ」と指摘する。これはなかなか鋭く、実際著者の語りはほとんどが政策そのものではなく、「場」のことばかりだが、それが著者の政策をめぐるリアリズムなのだろう。著者の「返し」では、住民の反対運動の難しさが印象的。反対する住民たちは「自分たちが何に反対しているかが表現できない」から、意見集約ができず、交渉のレベルまでなかなか辿りつかないのだという。

第3講では政治史について語っている。ここでは著者の学問に対するスタンスが興味深い。事実の解明より、著者が重きを置くのは「物語」。個々の「事実」よりも「そこを超えて出てくるそのときの歴史的な空気、あるいは現場の雰囲気みたいなものを再生させる」のだという。ゲストは五百旗頭薫氏。「見通しの悪さの中にある政治の自由」を守ろうとしているのが御厨流と指摘しつつ、政治史への「外交」「地方」の組み込み方を問うゲストに対し、地方の現場は「リアルではなくヴァーチャル」であると著者は言う。

第4講はゲストに隈研吾氏を迎えて「建築と政治」。建築が先か政治が先か、のような議論がめっぽう面白い。今の総理大臣に昔より情報が入ってこないのは首相官邸の「つくり」が影響しているのではないか、なんて、ちょっと意外だが惹かれる視点だ。隈氏は歌舞伎座の設計に政治を絡めて語り、著者は、高度成長時代のあたりから、政治家の「館」が住宅と同じように建てられるようになったのでは、と言う。

第5講は「書評と時評」。本を書いていない奴は書評する資格なし、なんて発言が出てきてドキッとする。リアルタイムの時評について「切った張った」の興奮が中毒的で辞められない、というのが面白い。ゲストの苅部直氏は、著者の書評と時評を「裏目読みをしない」と表現。それに答えて著者が語るのは、安易に歴史を引用することの危うさ。歴史的なアナロジーは、あくまで「近似値」なのである。

第6講では、メディアと政治をテーマに据えるが、面白いのはむしろ「テレビ以前」の政治家の話。無言の「風圧」があったとされる佐藤栄作。その系譜池田勇人岸信介吉田茂にまで及ぶという。ゲストはイスラム政治思想を専攻する池内恵氏で、このゲストコメントが、私は本論より面白かった。新聞もテレビもネットも融合している海外に対して、日本ではそれぞれが縦割りの中で安住している。だがその中で「「物言えば唇寒し」という文化がメディアの中に充満していて、成熟して腐りかけている」のがわが国のメディアの現状だ、と池内氏は指摘する。著者も現在のメディアの状況には絶望的で「旧メディアは10年持たない」と言いつつ、ネットや新しいメディアの世界にいる日本の若者に期待を残して終わっている。

勢いでまとめて書いてしまったが、もちろんここに書いた話は氷山の一角。もっともっと多彩な話が、著者自身の体験として活き活きと語られている。それだけ著者が、充実した刺激的な学者人生を送ってこられたということなのだろう。個人的には第4講の「建築と政治」のテーマがおもしろかった。『権力の館を歩く』という著作もあるようなので、読んでみたい。

権力の館を歩く: 建築空間の政治学 (ちくま文庫)