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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1631冊目】池谷裕二『記憶力を強くする』

情報・イメージ・ことば

『単純な脳、複雑な「私」』などが有名な若手「脳」研究者、池谷氏の最初の著作。タイトルはノウハウ本っぽいが、中身はかなり本格的な脳科学の解説書になっている。

本格的といっても、手抜きではない、というだけで、決して難しいわけではない。正確を期しつつ、ギリギリのところまで分かりやすく、かつ柔らかく「記憶の仕組み」を解き明かしている。しかも、そうした脳科学の知見をきちんと踏まえたうえでの、科学的かつ実践的な「記憶術」まで紹介されており、まさに至れり尽くせりの一冊だ。以下では、中でも印象に残ったポイントをいくつか挙げてみたい。

記憶には「海馬」という部位の働きが重要なのだが、人間の場合、この「海馬」が完成するのはだいたい2〜3歳くらいというのが、まず意外だった。それ以前の段階では、そもそも海馬を必要とする記憶自体ができないらしい。

そういえば、ほとんどの人は最初の記憶を辿ると2、3歳頃までしかさかのぼれない、と聞いたことがある。その理由は理解力のせいかと思っていたのだが、そもそも「記憶装置」が未完成だったからであったのだ。なるほど。

人間の記憶の「あいまいさ」が実は大事である、という指摘も、うなずけるものがあった。著者の言い方にならえば「脳はいい加減なヤツ」なのだ。

コンピュータと比べてみると、よくわかる。コンピュータの「記憶」は、正解だけを完璧に、しかも1回で覚える。ところが脳は、何度も覚えては忘れ、しかもその内容はかなり不正確だ。

しかし、この「いい加減さ」ゆえに、環境が変化しても前に覚えた内容を応用することができる。例えば、一度人の顔と名前を覚えれば、似たような人と間違えることはあるかもしれないが、服装や髪型が変わっても同じ人だと認識することができる。記憶には過剰な正確さよりもむしろ「曖昧さや柔軟性」が必要なのだ。

さらに、脳は保存されている情報を相互作用させることで、連想を働かせたり、さらにはまったく違った新しいモノを「創造」することさえできるという点も重要だ。記憶された情報は、タンスの引き出しにしまわれるようにそのままの状態で保存されるのではなく、いわば脳の中で他の記憶とお互いに影響し合っているというのである。

ちなみにこの「相互作用」が可能となる理由は、脳が同じ神経回路をいろんな記憶対象に「使い回す」ためだという。やっぱり「タンスの引き出し」ではないのだ。一方のコンピュータは、対象物ごとに記憶(保存)の場所をきちんと分けており、基本的に相互作用は起こらない。

勇気づけられることも書いてある。若い頃より記憶力が落ちた、と嘆いている方が多いが、「歳を取ると、丸暗記よりも論理だった記憶能力が発達する」と著者は指摘する。記憶力が落ちたのではなく、記憶の種類が変わったのだ。

なのに若い頃と同じような丸暗記ばかりしているから、なかなか新しいことが覚えられない。それなりの年齢になってからの勉強法は「理解して理屈を覚える」というやり方に切り替えるべきなのだ。しかも理屈を覚えているほうが、圧倒的に応用範囲も広い。

この点に関連して面白いのが「手続き記憶」の存在だ。これは、記憶そのものというより、その「理解の仕方」のパターンのことを言う。例えば将棋の名人が対局の内容をすべて覚えて再現できるのは、一つ一つを丸覚えしているのではなく、「無意識のうちに棋譜を類型化して「法則性」を見抜いている」ためなのだそうだ。だから素人が滅茶苦茶に並べたような盤面は、名人でもなかなか覚えられないという。

この「手続き記憶」は潜在的なものなので、あまり意識されることはない。だが、こうした「理解の仕方」のパターンをどれくらい持っているかが、実は記憶には決定的なのだ。著者は「手続き記憶が天才を作る」とまで言い切っている。

さらに著者は、記憶力を高める「夢の薬」の可能性にまで言及し、記憶研究の最前線にまで読者を連れて行ってくれる(あくまで10年以上前の「最前線」なので、今はもっと進歩していると思うが)。記憶というものの奥深さと面白さを体感できる一冊だ。

単純な脳、複雑な「私」