【1632冊目】白石一文『不自由な心』
- 作者: 白石一文
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2004/04
- メディア: 文庫
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今や直木賞作家となった著者の、デビュー2作目となる短編集。「天気雨」「卵の夢」「夢の空」「水の年輪」「不自由な心」の5篇が収められている。
舞台は現代(といっても今から10年ちょっと前)の日本。いずれも主人公は男性で、結婚はしているが、それとは別に付き合っている女性がいて……というパターンだ。
それ以外に共通のテーマを探すなら「愛」と「死」だろうか。実際、どの作品にも、愛と同時に「死」が顔を出している。そして、道ならぬ「愛」と見て見ぬふりをしている「死」が不意に目の前に現われた時、それまでの平凡で見慣れた「日常」に亀裂が入る。その裏側に見えてくるものこそ、たぶん著者が本当に書きたかったことであるように思う。
ただ、正直言うと、どの短篇も、浮気している主人公の男が、情けなくみっともない姿に見えてしょうがなく、残念ながら共感するところまで行かなかった。自分の家族をないがしろにしつつ心の中で言い訳ばかりしているのもだらしないし、だからといって不倫相手の女性に正面から向き合うわけでもない。都合よく「妻」と「恋人」を天秤にかけて、その間をふらふらしているだけなのだ。そのわりに「不自由な心」の江川なんて、自分と同じことをしている啓介に偉そうに説教するのだから、これは啓介じゃなくてもキレて当たり前だ。
だがそこに「死」が見えてくる。それは自分の死であったり、親しい人の死であったりするのだが、いずれにせよそこで「切実」が生じる。否応なく、自分の人生を見つめ直さざるを得なくなる。そこでギリギリの決断の行く先がさんざん迷惑をかけたり悩ませてきた妻ではなく不倫相手の女性だったりするので、なんだかそれもまた情けないというか腰の定まらない話なのだが。
5篇の中では表題作「不自由な心」が一番の力作だと思うが、個人的にもっとも印象に残ったのはその前の「水の年輪」。ここでは自身の癌という「自分の死」と、かつて失った長男という「過去の死」という二重の死が物語にすさまじい緊張感を与えている。かつて付き合っていた女性に会いたくなるというのは(またもや)未練がましい話だが、ここでは結末のつけかたが良かった。一方、結末が最悪なのは「夢の空」。いや、主人公の運命はこれでやむなしと思うのだが、最後の「午前11時25分」の部分はいらない。これが後味をとてつもなく悪くしている。
それにしてもまあ、本書一冊であまり断定的なことを言うのもアレなのだが、どうも著者の人物造型は、不倫の恋を美化するあまり、妻や子に対する姿勢が冷たすぎるというか、描き方がお粗末という感じがしてならない。著者自身の家庭環境は知らないが(お父さんが作家の白石一郎氏、ということは承知している)、相当家族とか妻というものが嫌いなのか、避けているのか、なにかよほど夫婦関係というものにコンプレックスがあるのか……。
いずれにせよ、5篇共通してのこの冷たさは、少々バランスを逸していて異様な印象を受けた。もっとも著者の最新作である『快挙』は、まさにその夫婦関係がテーマになっている様子。果たしてどういうふうに夫婦を描いているのか、描けているのか、そのうち読んでみよう……かな。