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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【980冊目】ニコライ・ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』

鼻/外套/査察官 (光文社古典新訳文庫)

鼻/外套/査察官 (光文社古典新訳文庫)

3つの作品のうち「鼻」と「外套」は既読。確か岩波文庫で高校生くらいの頃に読んだのだと思う。「鼻」は、自分の鼻が服を着て歩きまわるというとてつもないシュールな光景に仰天した記憶がある。さらに「外套」は、一度しか読んでいないにも関わらず、20年近くたった今でも筋書きから主人公アカーキイ・アカーキエヴィッチの名前までしっかり覚えていた。忘れっぽい私としては、こういうことは珍しい。

今回は古典新訳文庫で読みなおしたのだが、びっくりしたのは「落語調」の翻訳だったこと。しかし、それが妙にこの小説のトーンに合っている。うーむ、これって「そういう」小説だったのか? 特に「外套」が、前の岩波版は陰鬱で哀愁漂う小役人アカーキイが印象的だったのに対して、こちらはコミカルでユーモラスな面が前に出ている。翻訳ひとつで小説の印象ががらりと変わることはよくあるが、ここまで正反対に変わることは珍しい。個人的には、岩波版でのペテルブルクの陰影感が消えてしまったのはさびしいが、このすぐれた小説を誰もが楽しめるようにするという意味では、この落語調翻訳も面白い。

そして「査察官」である。これは今まで「検察官」と訳されてきた戯曲だが、内容からすれば確かに「査察官」のほうがぴったりだ。このタイトルについては全面的に光文社の肩をもちたい。

で、この戯曲を読むのは今回が初めてだったわけだが、読んでびっくり。これはなんと、一種の「公務員小説」ではないですか。いや、「外套」も小役人を主人公に、その悲哀を描いているわけなのだが、この「査察官」は、ペテルブルクからやってくるという査察官への対応に右往左往する田舎町の市長や判事たちが描かれるのであって、ロシアの官吏たちの「目下には横柄で、目上には卑屈」な姿が容赦なく暴かれている。なんだか、国の会計検査院の検査が入ってあわてふためく自治体の管理職をほうふつとさせる光景で、その卑屈さとみっともなさはヒトゴトではない。

そこに出てくるのが、査察官と間違えられた怠け者のこれまた小役人フレスタコフであって、ひょんなことから査察官と間違えられた彼が、その立場を最大限に利用しようとさんざんに大ボラやウソを並べ立てるところなど、まさに抱腹絶倒の落語の世界。落語調翻訳の本領発揮といったところか。いやはや、ゴーゴリって、こんなに「可笑しい」小説家だったんですねえ。