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自治体職員の読書ノート

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【827冊目】子安宣邦『江戸思想史講義』

江戸思想史講義

江戸思想史講義

中江藤樹山崎闇斎伊藤仁斎、三宅尚斎、荻生徂徠、中井履軒、賀茂真淵本居宣長

本書で登場する、江戸の思想家たちである。彼らの思想を当時の言説空間からの視点で読みなおす、というのが本書の狙い……らしいのだが、正直言うと、どのあたりが「当時の視点」で、どのあたりが「近代思想の視点」なのか、よくわからんかった。

おそらく本書は、儒学朱子学国学について、ある程度の基礎知識をもっている読者を前提にしているのだろう。既存の考え方や捉え方がどのようになっているのかロクに知らない私のような読者には、ちと敷居が高すぎたかもしれない。もっとも、読んでいれば著者が問題にしたがっているのはどのあたりなのかは見えてくるし、論争部分は読み飛ばしても、彼らの思想のある程度の枠組みはつかめるようになっている。

特に賀茂真淵の万葉論、本居宣長国学については、それなりに興味深く読めた。また、三宅尚斎と中井履軒は、名前自体を本書で初めて知ったのだが、この二人はなかなか面白そうだ。尚斎は朱子学のうち「鬼神」にかかわる、つまり祭祀的な面を深めた人であり、道徳と倫理一辺倒ではない、朱子学のもうひとつの側面がここから見えてきそうだ。履軒は、思想内容もなかなかドラスティックで痛快だが、市井で隠棲したままのいわば「隠れた知識人」であったという点が面白い。今で言えば、大学や研究所に籍を置かず、一人淡々と思想を深める隠者のようなイメージだろうか。私は別に知識人とか儒者になりたいとは思わないが、もしなるとしてもこのような市井に埋もれた一人の人間でありたい。

本書の前半、中国から伝わった儒学朱子学をベースとした闇斎や仁斎から、次第に日本本来の価値観、本居宣長的に言えば「やまとだましい」を中心に据えた国学に、江戸思想界の軸が動いていく様子が、本書を通読することで見えてくる。そして明治から昭和にかけての、いわゆる近代日本を支えたさまざまな思想の、少なくともルーツのひとつが、このあたりに発しているのだから、本書は単なる「江戸止まり」の思想史ではなく、その水脈は(もちろんこの後も相当の分岐や紆余曲折をたどった後に)ひょっとしたら現代まで続く日本思想史の、大きくて複雑な流れにつながっているのかもしれない。