自治体職員の読書ノート

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【806冊目】横川和夫『降りていく生き方』

降りていく生き方―「べてるの家」が歩む、もうひとつの道

降りていく生き方―「べてるの家」が歩む、もうひとつの道

北海道の浦河に「べてるの家」がある。

精神病を病む人たちの共同生活所であり、作業所であり、一種の「コミューン」(共同体)である。しかし、それだけでは収まりきらない何かを、ここはもっている。

この種の施設の多くは、病気を持つ人は「患者さん」であり、よくて「お客さん」。施設をマネジメントする運営側とは、はっきりと区分けされている。その線はまた、「健康」と「病気」を分けるラインでもある。

しかし、「べてるの家」では、そのあたりの「境目」が混然としている。そもそも、病気を「治すべきもの」とする発想がない。それより大切なのは、病気をひっくるめて、その異常な行動も含めてすべてをいったん呑みこんだうえで、どう生きていくか。例えば、幻聴があってもいたずらに混乱するのではなく、「幻聴さんがこんなことを言っている」といったん受け止め、それに対して「自分はどうするか」と考える。そのことで、症状がまったく緩和していなくても、本人はずっと楽になるし、適切な行動をとれるようになる。もちろん、うまくいかないケースもある。しかし、どんな場合でも徹底してその状況を受け止め、みんなで共同して考え、論議し、受け止めていく。そのために、頻繁なミーティングで全員が自分の症状や気持ちや現状を語り合い、共有する。

幸福ではなく「苦労がないことが、精神障害者の最大の不幸」と、本書に登場するワーカーの向谷地さんは語る。ハッピーな状態になるためには、その前にいろんな苦労を体験する必要がある。しかし、精神病の方の場合、まわりの家族や施設の人がいろいろ手を出してしまい、結果として「苦労をする機会」を奪ってしまうというのである。だから、「べてるの家」では「苦労」をさせる。いろんな役割を与え、講演などにも引っぱり出し、いろんな体験をしていく。そうすると、病気があっても、いろいろ出来ることがあるのに気づく。苦労にもつながるが、自信にもつながり、それが結果として人生の充実にもつながる。

理論や理屈だけで、こういうことができるわけはない。「べてるの家」の歴史は、すべてが試行錯誤と波乱の歴史である。そして、ここに来る人々の一人一人も、同じような試行錯誤と波乱の人生を歩んできている。壊れた家庭、いじめ、病気の発症、差別……。そんな濃密な「負の体験」が、ここではしっかりと引き受けられ、共有される。その懐の深さと奥の深さは、到底ここで語りつくせるものではない。