自治体職員の読書ノート

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【688冊目】三好円『バクチと自治体』

バクチと自治体 (集英社新書 495H)

バクチと自治体 (集英社新書 495H)

今はどこに行ってしまったのか、ひところ石原都知事の「お台場カジノ構想」というのがあった。例によって賛否両論渦巻くなかで、「役所がギャンブルの胴元になるなんてけしからん」という批判を誰かがしていたように思う。

しかし、少なくとも戦後の日本では、競馬や競輪、競艇オートレースといった「バクチ」の胴元を一手に担ってきたのは自治体であったのだ。その歴史を概観し、将来を展望する稀有の一冊が本書である。著者は、「大井競馬のあゆみ」という本を作ったことが公営ギャンブルの複雑な歴史に入り込んでいくきっかけになったようだが、それにしてもこの一筋縄ではいかないテーマを、よくここまでまとめあげたものだと思う。内容はやや地方競馬にウェイトが置かれているが、それでも公営ギャンブルをめぐる厄介至極な事情を丹念に解説し、自治体の「日蔭者」に甘んじてきた彼らの姿を、功罪含めて描き出している。

思うに、公営ギャンブルをめぐるジレンマは大きく2つある。ひとつは、「自治体がバクチの胴元になり、そこから得た収益を社会福祉に回すのは倫理的におかしい」というもの。いわばバクチのあがりという「汚れた金」を、福祉や教育という「きれいな」事業に使うべきではないという主張である。

この主張を貫徹したのが、革新派首長で鳴らした美濃部都知事。それまでの東京都は、あらゆる公営ギャンブルを開催している、世界に名だたる「ギャンブル都市」であった。なにしろ当時の都内の公営競技場は8か所(競馬1、競輪3、競艇3、オートレース1)、主催者数に至っては32にのぼったというからすさまじい。ところが美濃部氏は、それをすべて撤退すると宣言したのである。撤退の理由として掲げられたのは上にあげた「汚い金」の理論であったが、それに加えて、美濃部氏が都内における公営ギャンブルの異常なまでの膨張に恐怖感を抱いたのでは、と本書は推測している。

もうひとつのジレンマは、公営ギャンブルの衰退に歯止めがかからないことである。収益をあげてこそナンボの公営ギャンブルが、景気の悪化、レジャーの多様化、ファンの高齢化などのため、売上高を開催コストが上回り、「やればやるほど赤字」という状況に陥ってしまったのだ。その結果、「開催すること自体がギャンブル」という笑えない状態になってしまっている。しかし、簡単に撤退するのが難しいのが公営ギャンブル。なにしろ、そこで生計を立てている無数の関係者〜競技者や競技場の職員など〜がいる。一方的に撤退してしまうと彼らが路頭に迷う。ただでさえ撤退せざるを得ないほど苦しい財政状況なのに、撤退を決めると、今度は関係者への補償をめぐる熾烈な交渉が待っているというわけである。

自治体行政の「裏方」「日蔭者」であり続けながらも、かつてはその収益で自治体財政を下支えしてきた公営ギャンブルの世界。その周辺事情がこれほど面白いテーマに満ちているとは、本書を読むまで全然知らなかった。わが特別区大井競馬場を擁する「特別区競馬組合」(これはれっきとした一部事務組合)に加担し、いわば競馬の胴元であるにもかかわらず、である。しかし、実は公営ギャンブルをめぐる事情は自治体財政にも大きく影響してくるのであって、本当ならもっと知られてもよいテーマであろう。自治体がなぜバクチの胴元にならなければならないのか、やるならどういう形が望ましいのか、この地方分権の時代、もう一度考え直すことも必要かもしれない。