自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2087冊目】岡田一郎『革新自治体』

 

革新自治体 - 熱狂と挫折に何を学ぶか (中公新書)

革新自治体 - 熱狂と挫折に何を学ぶか (中公新書)

 

 
私も美濃部都政や、ましてや飛鳥田市政をリアルタイムで知っているわけではないが、それにしてもこういう本が刊行されるとは、なんだか感慨深いものを感じる。革新自治体の登場は、もはや「歴史上の出来事」なのだ。だが考えてみると、1960年代から70年代といえば、およそ半世紀前の話。本書の著者は1973年生まれだから、まさに生まれたころに起きたコトなのである。

不思議なのは、国政選挙では一貫して保守政党である自民党が政権を担っていたにもかかわらず、なぜ地方では、それも東京都や大阪府横浜市などの大規模自治体で、左派の革新勢力が選挙を勝ち抜くことができたのか、ということだ。この点については、社会党を中心とした左派勢力が信任を得たというより「社会資本整備や公害規制を求める民意」が原動力となったという指摘がなされているが、ということは、国政選挙では左派勢力はこうした「民意」の受け皿にはなれなかった、ということか。

実際、本書で痛烈に描かれているのは、内部分裂や内輪もめに明け暮れ、革新派の首長を支えるどころか足を引っ張ってきた社会党共産党の体たらくである。本書には美濃部都知事が漏らしたという「外ではいえないが、いちばん困るのは社会党です」という恨み節も紹介されている。政権を担う側に対して文句をつけるのはうまくても、いざ自らが政治の実権を握ると、ごちゃごちゃもめるばかりで政策も指導性も発揮できないという彼らの姿は、後の民主党を思わせるものがある。「苦境にあって助けてもらったような記憶があまりない」という美濃部氏の述懐はおそらく本音であろう。

そしてもう一つの凋落の原因は、革新派の首長が「市民自治」に期待をしすぎたという点にあるように思う。松下圭一が言うように、成熟した民主主義社会では、本来は「市民」が主体的に政治に参画し、自ら問題の解決にあたるべきである。だが実際には、住民は依然として「お任せ民主主義」から脱することはなく、松下氏が言うように「水戸黄門のような存在が現れるのをひたすら待ち続ける」ばかりであった。

だがこの点についていえば、やはり市民自治の伝統が根付いたヨーロッパやアメリカと「上からの民主主義」を享受するのみの日本を同列に論じることが、はたして妥当なのか、という点が、そもそも疑問である。私も以前はこの手の理想論に共感してきたが、やはり今になって感じるのは、この前提にはいささか無理があるのではないか、ということだ。問題はこうした「輸入モノ」の民主主義をどのように育てていくかということであって、一足飛びに「欧米ではこうだから、日本もこうあるべきだ」と論じるのは、あまり有益な議論の仕方とはいえないのではないだろうか。