自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2672冊目】平安寿子『こっちへお入り』


落語にハマっていくOLさんのお話です。


小説としては、いささかとりとめのない印象。使えない新人の話、家族の揉め事の話、友人の失恋の話など、トピックとしては色々出てきますが、どれもあまり深まらす。あからさまに落語の引き立て役にとどまってしまっています。


それに、主人公の江利が中途半端。独身で仕事もそこそこ、都合のいいボーイフレンドもいる、というお気楽な状態で、切実なものが何もない。だから落語で成長するしかなかった、ということなのでしょうが、もっと自分自身の体験を通して成長しないと、借り物はしょせん借り物ですよ、とおせっかいをしたくなってしまいます。


だから、この本は小説として読むより、小説の体で書かれた落語入門書だと思ったほうが良いでしょう。じっさい、落語の初心者向けガイドとしては、とてもよくできています。有名な噺の概要から名人たちの特徴といった表面的なところから、落語の本質に迫る話までバランスよく入っています。ご丁寧にも、各章の終わりには落語用語解説まで。


中でも「文七元結」の読み解きや、柳家さん喬の「芝浜」を他の噺家と比べて論じるくだりは、たいへん面白く読みました。特に後者は、なるほど、同じ噺でも、噺家が変わるとこれほど変わるものかと驚かされます。クラシック音楽の演奏が、指揮者や奏者によって全然変わるのと似ているかもしれません。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!